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ハイライト

近年,新型コロナウイルスの影響で人々の外出機会が減少し,宅配や配送業の物流量が増加していることに加え,高齢ドライバーの安全・安心な運転をサポートする技術が求められるなど,クルマを取り巻く環境に大きな変化が生じている。

日立は,移動のノウハウデータと連動する自動運転制御装置を提供することで,自動運転車両のより精緻な自動運転を実現し,ドライバーの安全・安心や,物流業界における効率的な労働環境を提供することをめざしている。

本稿では,ネットワークにつながった自動運転車が安全性向上や移動の効率性向上のために,移動のノウハウデータを共有する仕組みを紹介するとともに,人々の暮らしを豊かにするコネクテッドカーをはじめとしたモビリティソリューションについて述べる。

目次

執筆者紹介

三浦 修一郎Miura Shuichirou

三浦 修一郎(Miura Shuichirou)

  • 日立製作所 ライフ事業統括本部 デジタルフロント事業部 コネクテッドカー本部 所属
  • 現在,コネクテッドカー事業全般のグローバル展開に従事

長船 辰昭Osafune Tatsuaki

長船 辰昭(Osafune Tatsuaki)

  • 日立製作所 ライフ事業統括本部 デジタルフロント事業部 コネクテッドカー本部 事業開発部 所属
  • 現在,コネクテッドカーサービスの事業化に従事
  • 情報工学博士
  • IEEEメンバー

川嶋 敦Kawashima Atsushi

川嶋 敦(Kawashima Atsushi)

  • 日立製作所 ライフ事業統括本部 デジタルフロント事業部 コネクテッドカー本部 事業開発部 所属
  • 現在,コネクテッドカーサービスの事業化に従事

新 吉高Atarashi Yoshitaka

新 吉高(Atarashi Yoshitaka)

  • 日立製作所 ライフ事業統括本部 デジタルフロント事業部 コネクテッドカー本部 事業開発部 所属
  • 現在,コネクテッドカーのデータ事業開発に従事
  • 技術士(情報工学部門)
  • 情報処理学会会員
  • 電気学会会員

1. はじめに

人々のライフスタイルの変化に合わせて,ヒトとモノの移動に変化が起きている。特に昨今では新型コロナウイルスの影響を受けて,人々は外出を避けるようになり,それに伴い宅配やUber Eats※1)のような物流が増加するなど,ライフスタイルとともにヒトとモノの移動が急激に様変わりしている。

自動車の分野で移動の変化をもたらす要因として,いわゆるCASE(Connected,Autonomous,Shared,Electric)と称される技術的,事業構造的な変革が挙げられる。クルマが無線通信によってネットに接続するConnected,自動運転技術によるAutonomous,自動車を所有することから利用へのシフトを表すShared,自動車の電動化を意味するElectricである。これらは従来,自動車を販売することで成り立っていた自動車産業にも変化を促し,新たなライフスタイルを模索する試行が始まっている。その例として,トヨタ自動車株式会社は2020年のCES※2)(Consumer Electronics Show)においてモビリティを包含して街ごと創生するWoven Cityの構想を発表しており,また,中国の雄安新区に代表されるスマートシティにおいては自動運転車や無人での物販を可能にする自動販売車を走行させる計画が発表されている。

これらはいずれも人々の暮らしを豊かにすることに主眼を置いており,その中でモビリティは重要な一要素として取り上げられている。本稿では,人々の暮らしを豊かにするモビリティソリューションの事例とそれを実現するための日立の取り組みを概説する。

※1)
Uber,Uber Eatsは,Uber Technologies Inc.の登録商標である。
※2)
CESは,The Consumer Technology Associationの登録商標である。

2. QoLを向上するコネクテッドカー

2.1 現状の自動車の課題

渋滞による経済損失およびエネルギー損失の発生について,国土交通省によると,国内の交通渋滞による総損失時間は年間約50億時間にも及び1),これは労働者の労働時間が失われていることを意味している。また,先進国におけるグローバルな高齢化トレンドにより,自動車の安全性が損なわれている。自動車自体は衝突安全ボディなどの安全性向上技術により死亡者数は継続的に減少傾向にあるものの,高齢者ドライバーによる事故割合は増加傾向にある。

昨今では新型コロナウイルスによる社会の変化も課題となっている。公益社団法人日本ロジスティクスシステム協会によると,物流量の増大により深刻な人手不足が発生しており,「新型コロナウイルスの影響により,物流面で課題が発生したか」という問いに対して,およそ6割の企業が「課題が発生した」と回答している2)

2.2 社会とつながるクルマ

図1|社会とつながるクルマとIoVプラットフォーム 図1|社会とつながるクルマとIoVプラットフォーム 人々の暮らしを豊かにすることを目的として,クルマがIoVプラットフォームにつながり,その走行データが社会に還元されることをめざす。

前節で述べた課題は,自動車単独での機能向上のみならず,自動車がネットワークにつながり,社会システムと有機的に連携することにより解決されると考える。つまり,渋滞による経済損失およびエネルギー損失に関しては,自動車の渋滞情報を用いて,渋滞箇所を回避するルートを選択することで損失を回避することが可能であり,また,ADAS(Advanced Driver Assistance System:先進運転支援システム)やAD(Autonomous Driving:自動運転)が単独で動作するだけでなく,その走行データを用いて運転が継続的に高度化されることによって,自動車の安全性向上が期待できる。物流業界においても,熟練したトラックドライバーの運転行動や駐車場所などのノウハウを共有することで,就業に要求されるスキルの低減,ひいては労働環境改善と人手不足を改善できる。

それを模式的に表したものが図1である。個人の移動を支え,より良い社会活動を生み出すために,クルマがインフラにつながりその走行データが社会に還元されることにより,これまでに述べた課題の解決を図る。つまり,高齢者には目的地に到達するための安全な経路を提示し,道路状況に即した安全走行支援を提供することで,安全で不自由のない移動を可能とする。物流のドライバーには効率的な配送経路や駐車位置を提供するなど,ドライバーのプロファイルに応じた適切なデータを提供することで,より良いモノの移動を実現する。日立は,そのインフラとつながるクルマをIoV(Internet of Vehicles)プラットフォームで支えることをめざす。次章では,IoVプラットフォームが果たす役割について述べる。

3. 経験・ノウハウを体系化し共有するIoVプラットフォーム

図2|IoVプラットフォーム 図2|IoVプラットフォーム 日立のコネクテッドカー向けIoVプラットフォームは情報コンテンツの提供に加えて,各種の車両データ,走行データを取得し,ノウハウに変換したうえでドライバーと共有する機能がある。さらに自動車メーカーやクラウドベンダーに依存しないオープンなプラットフォームであることから,外部サービサーとの協創により,広く「働くクルマ」を対象としたサービスを展開する。

専門的な知識や長年の経験を要する業務がデジタル技術により体系化され,クラウド上のアプリケーションとして提供されることで,未経験者でも一定レベルの専門業務を担うことが可能となった。一例を挙げれば,会計や簿記の知識・経験が求められる経理業務に対して,クラウド上の会計ソフトにより直感的な操作と人工知能による勘定科目の自動推定まで支援するサービスが提供されている。スマートフォンの普及はモビリティ分野にも大きな影響を及ぼしており,Uberは一般ドライバーと利用者のマッチングからルート探索,料金計算,支払い,評価システムを一括で支援し,手軽に安価で利用できることから欧米では正規のタクシー業者を脅かす存在に成長した。このようにノウハウ・知識・経験のデジタル化は企業活動や日常生活に欠かせない存在となっている。

コネクテッドカーの起源は1990年代末にまで遡る。当初は緊急時の救援・支援に始まり,天気予報や交通情報の配信といった運転に便利なサービスの提供を重視しており,取得する車両データ・走行データの種類や量は限定的だった。2010年代からは種類と量が拡大しているものの,これらのデータからノウハウを抽出して共有する仕組みは交通情報の生成にとどまっている。車両データ・走行データは自動車メーカーがユーザー囲い込みの手段として見ているため,外部との連携に消極的なことも影響している。

日立のコネクテッドカー向けIoVプラットフォームは,クルマへの情報提供に加え,ドライバーの運転操作や各種ECU(Electronic Control Unit)からの情報を集積し,ノウハウに変換したうえでドライバーと共有する機能を有している。これには4G(4th Generation)通信の普及とクラウドリソースの低廉化だけではなく,各種ECUの高度化と普及によりデジタル化され,データ取得が可能となる対象部品が拡大してきたことも貢献している。さらに自動車メーカーやクラウドベンダーに依存しないオープンなプラットフォームであり,外部サービサーとの協創によりサービスの提供業務は公共交通,物流といった「働くクルマ」も対象としている。以上のようにモビリティに関する経験,ノウハウを広く収集し,デジタルによって共有するIoVプラットフォームを模式的に表したものが図2である。

次章ではIoVプラットフォーム上で実現されるノウハウ化の技術要素について述べる。

4. コネクテッドカーソリューションの実現技術

4.1 コネクテッドカーにおけるデータ活用

コネクテッドカーによるデータ活用は,携帯電話による位置情報収集と音声対話によるアプリケーションを提供するテレマティクスサービスの提供が,1997年に自動車メーカーにより開始されたことから始まる。2002年には第三世代テレマティクスサービスとして,CAN(Controller Area Network)を流れる車両情報から特徴量を抽出することで,さまざまなソリューションを提供する構想が示されている3)。しかしながら,有用な特徴量を得るためには車載器の性能も通信帯域も不十分であったことと,自動車メーカーや車種ごとにCANから取得できるデータが異なっていたことから,汎用的なデータである走行距離,位置情報,故障コードなどの活用にとどまっている期間が長かった。

この状況は近年のスマートフォンとクラウドサービスの普及により大きく変化した。スマートフォンではすでにOTA(Over the Air)と呼ばれる通信経由でのソフトウェア更新が普及している。自動車システムにおいてもリコール対策費用低減と保守性向上のために,TCU(Telematics Control Unit)を活用したOTAの適用が始まっている4)。また,カーシェアリングや配車に代表されるMaaS(Mobility as a Service)の普及に伴い,車両情報だけでなくオープンデータやスマートフォンのセンサーデータの活用が進んでいる5)

自動運転に関しては,カメラとレーダーを用いた周辺センシングによる高速道路での自動運転がすでに実用化している6)。一方で,一般道においては,高速道路と比較して複雑な周辺障害物と不明瞭な道路ペイントによる状況認識の誤りが発生しやすい。そのため,高性能なセンサーと高精度地図を用いて,より正しい制御判断を行うことが求められる。さらに,自動運転の実用化のためには,本当に正しい制御判断が行われたかどうかを検証するための手段が必要である。

4.2 自動運転の進化を支える自動運転経験データベースADD

図3|自動運転経験データベースADDを活用した自動運転制御システム 図3|自動運転経験データベースADDを活用した自動運転制御システム ADDはセンサー情報,状況認識,制御判断,制御の結果を経験情報データベースに蓄積し,状況に応じて検索する機能を持つ。経験情報は,自動運転の作動解除,急なステアリング制御やブレーキ制御など,通常とは異なる動作が発生したタイミングのデータを分析し,統計的に有用と判断されたものを採用する。経験情報はコネクテッドカーシステムにより複数の車両間で共有される。

コネクテッドカー技術を自動運転に応用し,人間が自動車を安全に運転するノウハウと自動運転時の走行記録を体系化することによって,正しい制御判断に必要な自動運転経験を蓄積し,共有できるようになる。そこで,日立は図3に示すような自動運転経験データベースADD(Autonomous Driving Experience Database)を活用した自動運転制御システムを提案する7)。ADDはセンサー情報,状況認識,制御判断,制御の結果を経験情報データベースに蓄積し,状況に応じて検索する機能を持つ。経験情報は,自動運転の作動解除,急なステアリング制御やブレーキ制御など,通常とは異なる動作が発生したタイミングのデータを分析し,統計的に有用と判断されたものを採用する。経験情報はコネクテッドカーシステムにより複数の車両間で共有される。

ADDにより,周辺センサー範囲外の道路構造・接続関係・走り方が理解できるようになり,時々刻々の物体認識に対して,センサー情報だけでなく経験情報に基づいた意味付けを行えることで,リアルタイムに起こり得る事象の予測機能を強化できる。この結果として,図4に示す(ケース1)渋滞列への割り込みをなくす,(ケース2)合流地点での接触事故を回避する,(ケース3)目的地に応じた安全な車線変更ポイントを提示する,と図5に示す(ケース4)複雑な交差点において,確認すべき信号のみを検知する,(ケース5)右折待ち車両が連なる時間帯のある交差点において,幅広の片側一車線を複数車線と見なして誘導する,などの効果が期待される8)

ADDおよびADDと連動する自動運転制御装置を提供することで,自動運転車両はより精緻な自動運転が可能となる。身体能力,認知能力,判断能力が衰え始めている高齢者が見落としがちな障害物や道路状況を,車両センサーだけでなくADDの経験情報を用いてサポートすることで,運転支援機能においても高齢者にとって安全・安心な運転を提供できる。物流に関しては,車両の待機場所の最適化による配送の効率化や,トラックの取り回しなど大型車両特有の経験情報を活用することで,未経験者が熟練ドライバーになるまでの期間の短縮に貢献できる。

図4|ADDに期待される効果(1) 図4|ADDに期待される効果(1) ADDを自動運転に活用することで,(ケース1)渋滞列への割り込みをなくす,(ケース2)合流地点での接触事故を回避する,(ケース3)目的地に応じた安全な車線変更ポイントを提示する,という効果が期待される。

図5|ADDに期待される効果(2) 図5|ADDに期待される効果(2) ADDを自動運転に活用することで,(ケース4)複雑な交差点において,確認すべき信号のみを検知する,(ケース5)右折待ち車両が連なる時間帯のある交差点において,幅広の片側一車線を複数車線と見なして誘導する,という効果が期待される。

5. おわりに

本稿では,モビリティソリューションが人々の暮らしをいかに豊かにするかについて述べ,自動運転の進化を支えるためのデータであるADDと,それがQoL(Quality of Life)を向上することを紹介した。

日立は,データサービスと自動車に搭載するコントローラによって自動運転の進化を支え,人々の暮らしを豊かにすることに貢献していく。

参考文献など

1)
国土交通省,高速道路を中心とした「道路を賢く使う取組」の基本方針(2015.1)
2)
公益社団法人日本ロジスティクスシステム協会,アンケート調査「新型コロナウイルス(COVID-19)の拡大による物流・サプライチェーンへの影響について」調査結果(2020.6)
3)
相薗岳生,外:次世代テレマティクスポータルを実現する情報システム技術,日立評論,84,8,529〜534(2002.8)
4)
櫻井康平,外:IoT技術を活用したコネクテッドカーソリューション,日立評論,99,5,514〜519(2017.10)
5)
北原怜司,外:データが変える都市交通の未来,日立評論,100,3,290〜293(2018.5)
6)
志磨健,外:自動運転の進化を牽引する基盤技術,日立評論,98,7-8,488〜493(2016.7)
7)
林涛,外:自動運転支援装置及びその方法,特開2019−133479(2019.8)
8)
野村高司:ADAS・自動運転の進化を支えるマップ技術とデータベース構築,第4回ReVisionモビリティサミット(2020.2)
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