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ハイライト

気候変動対策の一環として,脱炭素社会の実現に向けた取り組みが進んでいる。こうした中,日立は再生可能エネルギーとグリーン水素流通を実現する水素システムを構築し,欧州や国内を中心にグローバルなエコシステムにより脱炭素化と経済性を両立する水素取引プラットフォームの創生をめざしている。また,安価かつサステナブルに水素,電力,熱の供給が可能な水素製造システムと水素活用熱電供給システムを組み込み,需給バランスと高収益を両立する水素マルチリソースプラットフォームの開発を進めている。

本稿では,日立がめざす水素マルチリソースプラットフォームおよび水素製造システムのコンセプトと,水素活用熱電供給システムにおける制御技術について紹介する。

目次

執筆者紹介

早川 純Hayakawa Jun

  • 日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 所属
  • 現在,環境エネルギー材料,システムの開発に従事
  • 博士(工学)
  • 応用物理学会会員
  • 日本熱電学会会員
  • 日本磁気学会会員

白川 雄三Shirakawa Yuzo

  • 日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 所属
  • 現在,脱炭素エネルギーシステムの開発および実証に従事
  • 博士(工学)

西出 聡悟Nishide Akinori

  • 日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 所属
  • 現在,熱電変換材料,環境エネルギーシステムの開発に従事
  • 博士(工学)
  • 応用物理学会会員
  • 日本熱電学会会員

長谷川 浩章Hasegawa Hiroaki

  • 日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 所属
  • 現在,マルチ燃料エンジン制御システムとエネルギーシステムシミュレータの開発に従事
  • 博士(工学)
  • 日本ロボット学会会員

江 佳奈子Esaki Kanako

  • 日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 所属
  • 現在,新世代人工知能のアルゴリズム開発に従事
  • IEEE会員
  • 日本ロボット学会会員

1. はじめに

2050年のカーボンニュートラル実現に向けて,省エネルギーに加え,CO2排出量の60%以上を占める化石燃料由来の電力,運輸用燃料のグリーン化を進展させるためには,再生可能エネルギーの大幅な導入とCO2を排出しない非化石由来の水素燃料への転換が必要となる。これに対し,日立は2030年までに,世界に先駆けて本格的な再生可能エネルギーの活用をベースとした水素バリューチェーンの確立をめざしている。最大の課題は,再生可能エネルギーと水素流通における製造から貯蔵,輸送,利用までのトータルコストを低減することである。特に,水素製造における水素生産量向上と製造コスト低減,さらに水素利用(電力,熱)段階の利用効率の向上と都市,産業,運輸部門を含めたセクターカップリングによる,水素エネルギーを活用したほうがコスト面で有利になるエネルギー取引事業を実現するプラットフォームの創生が必須となる。

本稿では,再生可能エネルギーと水素サプライチェーンの各事業者で収益性を確保するための水素マルチリソースプラットフォームの構築を目的に再生可能エネルギー電力を活用した安価な水素製造システムと,都市やモビリティなどの需要家に向けた水素由来の安価な熱電供給システムの開発およびコンセプトについて紹介する。

2. 水素マルチリソースプラットフォーム

図1に,再生可能エネルギーを活用した水素マルチリソースプラットフォームの構想を示す。再生可能エネルギー電力と水電解装置により製造した水素を用いて,SOFC(Solid Oxide Fuel Cell)などの燃料電池と混焼エンジンを使った熱電供給(コージェネレーション)システムを通じ,都市,工場,モビリティの需要家に向けて,電気・熱を高収益かつオンデマンドに取引運用することをめざす。プラットフォームには,再生可能エネルギー監視,市場取引,CO2排出量モニタリングといったリアルタイムIoT(Internet of Things)機能を組み込む。再生可能エネルギー電力や熱電エネルギーの需給データをリアルタイムに監視・予測し,各設備を制御して稼働タイミングを最適化することにより,安価な水素製造を可能にする。また,熱,電気,ガスの供給事業では,電気および熱の安価な生産が可能になり,市場価格に合わせて収益が得られる取引運用のサポートをめざす。都市,工場,モビリティ事業の需要家に向けては,従来より安い価格で電気,熱,グリーン水素をオンデマンドで入手可能な運用をめざす。既存の技術に加え,新たに水素技術を導入した際の全体のエネルギーシステムの経済性,環境性を両立するために,ドイツ連邦共和国のフラウンホーファー研究機構太陽エネルギー研究所とグローバルに連携したトータルエネルギーシミュレーションを進めている。欧州の典型モデルにおいて,再生可能エネルギーを使った水電解水素製造システムにおける効率と稼働率の向上,水素活用システムにおける効率向上の両輪により,2030年には都市における水素エネルギー供給コストを半減することが可能なシナリオを検討している。本章では,本プラットフォームの実現に必要な水素製造システムと水素活用熱電供給システムについて述べる。

図1|水素マルチリソースプラットフォームの構想 図1|水素マルチリソースプラットフォームの構想 再生可能エネルギーを活用した水素マルチリソースプラットフォームの構想を示す。電気と熱を都市,工場,モビリティの需要家との間で高収益かつオンデマンドに取引運用することをめざす。

2.1 余剰電力活用水素製造システム

図2|余剰電力活用水素製造システム 図2|余剰電力活用水素製造システム 余剰電力を活用し,需給データと連動した水素製造制御システムの実現をめざす。浄水のほか,海水などの水を調達し,風力,太陽光発電を中心に捨電していた安価な余剰電力を平滑化することで,水電解設備の稼働率を向上し,コスト低減を図る。

水素製造における生産量向上とコスト低減を目標に,図2に示す余剰電力を活用し,需給データと連動した水素製造制御システムの実現をめざしている。風力,太陽光発電を中心として,捨電していた安価な余剰電力を安定化することにより,水素製造システムの稼働率を2倍にまで向上させることを掲げている。これにより製造コストを半減し,1 m3当たり30円の水素価格をめざす。

需要データと連動した水素製造制御システムでは,再生可能エネルギー電力,熱電需要,市場データを使ったリアルタイムIoT技術を用いて需要量と価格を予測し,水電解による水素製造タイミングを制御することで,最適計画を提示するシステムを構築する。さらに,サイトごとに発生する多種多様な変動のある余剰電力を平滑回路によって一定の出力に安定化する。これを電解電力として安定供給することで,PEM(Polymer Electrolyte Membrane),アルカリ電解装置などで構成される水電解モジュール群の設備稼働率を70%以上に高め,コストを現状との比較で半減させることが可能な技術を開発する。

一方,世界的には水資源の枯渇リスクが高まっている。水電解による水素製造は,化学量論的に水素1 kgの生成に9 Lもの水が必要であり,実際には水の純度,冷却などのシステム仕様に応じて,より大量の水資源確保が求められる。このように水素社会の進展は水不足を加速する側面を有するため,浄水だけでなく,海水,工業排水などを活用した地域ごとの安定的な水源確保が重要となる。こうした課題の解決に向け,日立は既存の水処理技術の活用1)に加え,高効率・長寿命な水再生システムを実現する水分離膜材料技術を開発し,水素製造システムの展開地域拡大を図る。

2.2 水素活用熱電供給システム

図3|AI制御による水素活用熱電供給システム 図3|AI制御による水素活用熱電供給システム 都市,工場,モビリティの需要家へのエネルギー供給事業に向けた水素活用熱電供給システムを開発している。需要に対応するため,発電効率の高いSOFCと熱効率の高い混焼エンジンを組み合わせ,電気と熱の供給量の調整幅を拡張するとともに,瞬時に需要に対応する応答制御技術を構築する。

図4|SOFCスタックとAI制御による高効率混焼エンジン 図4|SOFCスタックとAI制御による高効率混焼エンジン 10セルをスタックしたSOFCモジュールの外観を(a)に示す。燃料利用率を80%まで向上することにより発電効率60%を確認した。(b)は,既存マルチ燃料を触媒反応により改質した水素を活用した高効率混焼エンジンの外観を示す。低濃度エタノール水を用いて50%程度の熱効率を達成した。

需要家サイドのCO2削減に向けた水素マルチリソースプラットフォームを構築するために,安価に熱,電気の生産が可能で,市場価格に合わせて都市,工場,モビリティの需要家へ供給することで高収益運用が可能な水素活用熱電供給システムを開発している。特に,低コストにエネルギー供給を運用するには,需要に対応するため,電気と熱の供給量の調整幅を拡張するとともに,需要に瞬時に応答制御することが重要になる。日立は,こうした課題を解決するため,発電効率の高いSOFCと熱効率の高い混焼エンジンを組み合わせ,熱,電気の需給バランスを最適化することが可能なSOFCハイブリッド熱電供給システムを開発している(図3参照)。エンジンの排熱をSOFCの起動熱源とし,逆にSOFCの未利用水素の一部をエンジンの燃料としてむだなく相互に活用することで,システム効率を高める。さらに,両機器の運転状況をIoT技術で常時モニタリングし,熱電需要に対して最大効率で運転するように,運転条件パラメータをAI(Artificial Intelligence)によりリアルタイムに制御する。ここでは,SOFCとAI制御による高効率混焼エンジンの開発状況を紹介する。

図4(a)は,九州大学水素エネルギー国際研究センターと共同で開発したSOFCセル10個をスタック化したSOFCモジュールの外観と24 wt% - 40 wt%エタノールを使った700℃における発電特性を示す。700℃で燃料を改質し,燃料利用率を80%まで向上することにより,最大60%の発電効率を達成した。また,バイオ燃料を用いた場合にも同様の結果が得られ,マルチグリーン燃料の燃料利用率を制御することによって発電効率を向上できる。図4(b)は,AI制御による高効率混焼エンジンの外観を示す。バイオエタノールなど既存のマルチ燃料を触媒反応により改質した水素を利用する実証実績を持つ2)。蒸留前の含水状態の低濃度28 wt%エタノール水を用いて,50%程度の熱効率を達成している3)〜5)。本技術は,混焼エンジンの最適運転を行うために,AIによる混焼エンジンの燃焼制御技術を組み込んでいることが特徴である6)。燃焼状態を検知し,燃料種別ごとの燃焼状態を学習することにより燃料の種類と組成変動を自動的に感知し,最適な運転状態を作り出すことができる。

今後,SOFCと混焼エンジンを組み合わせ,水素マルチリソースプラットフォームでデータ連携運用を行うためのAI制御技術を確立する。

3. おわりに

本稿では,2030年以降の脱炭素社会実現に向け,再生可能エネルギー・グリーン水素の流通を実現する水素システムを構築し,経済性を両立する水素取引プラットフォームのコンセプトについて紹介するとともに,安価かつサステナブルに水素,電力,熱の供給が可能な水素製造システム,水素活用熱電供給システム制御技術について述べた。今後,需給バランスと高収益を両立する水素マルチリソースプラットフォームの開発を進め,ゼロエミッションを実現可能なサステナブル水素バリューチェーンの創生をめざす。

謝辞

本稿で述べた水素サプライチェーン構想,SOFCの開発においては,九州大学水素エネルギー国際研究センターの佐々木一成センター長,白鳥祐介准教授に多くのご支援を頂いた。また,水素エネルギーシミュレーションの連携においてはフラウンホーファー研究機構にご協力を頂いた。深く感謝の意を表する次第である。

参考文献など

1)
奥野裕, 外:海外向け水処理・造水技術の実績と展望, 日立評論,99,4, 414〜419(2017.7)
2)
日立製作所ニュースリリース,40%の低濃度バイオエタノールを用いた発電システムを試作(2016.2)
3)
白川雄三,外:低濃度含水エタノールを用いた燃料改質エンジンシステムの高効率化検討,自動車技術会論文集,49巻,2号,pp.247〜252(2018.10)
4)
白川雄三,外:低濃度含水エタノールを用いた燃料改質エンジンシステムによる熱効率向上とNOx低減,日本機械学会論文集,82巻,840号,p.15-00573(2016.8)
5)
白川雄三,外:エタノールおよび水素を用いた火花点火エンジンにおけるピストンの低熱伝導率化が冷却損失および排気損失に与える影響,自動車技術会論文集,51巻,1号,pp.1〜6(2020.1)
6)
K. Esaki et al.: Active-exploration-based generation of combustion-model adjusting to occasional rapid changes in mixed ratio of various fuel types, International Journal of Engine Research(2020.10)
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