オフィスビルの供給過剰によるテナント企業獲得の競争激化や,新型コロナウイルスの発生を受けた在宅勤務の普及など,オフィスビルを取り巻く環境は大きく変化し,オフィスビルに求められる機能も変化し始めている。そこで,不動産デベロッパー各社は,不動産の高付加価値化による差別化を図るべく従来のハード施策に加え,スマートビルディングなどICTやIoT技術を活用したソフト施策を強化している。日立は,デベロッパーに対して,ビル管理や利用のデータを一元的に集約・活用可能で,拡張性が高いソリューションの提供を実現するビル共通プラットフォームの事業を推進している。
本稿では,ビル管理に関わるデータの集約・活用により,ビル管理の効率化や品質の向上などに加え,従来にない新たな価値を提供するビルIoTソリューション「BuilMirai(ビルミライ)」の概要や特長,提供価値について述べる。また,就業者ソリューション「BuilPass(ビルパス)」との連携による提供価値や将来の展望についても併せて紹介する。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大以前の都心部においては,大規模なオフィスビル供給の継続により,テナント企業の獲得競争が激化していた。一方,コロナ禍を機に,働き方改革が加速し,オフィスのあり方そのものが見直され始めている。これらのビルを取り巻く環境の変化に伴って,デジタル技術の活用により,ビル管理業務の効率化・高度化や,オフィスワーカー(以下,「就業者」と記す。)をはじめとするビル利用者の生産性や快適性向上など,ビルの高付加価値化に向けた動きが加速している。このような動きを受けて,本稿では日立がめざすオフィスビルソリューションへの取り組みについて紹介する。
都心部のオフィスビルではリーマンショック以降,企業業績回復に応じた移転・増床などを背景に安定した需要があり,オフィスビルの空室率は2020年当初時点において過去最低を記録していた。また,都心を中心としたオフィスエリアでは大規模再開発が相次いで計画され,デベロッパーは立地や建物,建物に備えられた機能といったハード面の魅力向上に加え,ICT(Information and Communication Technology)やIoT(Internet of Things)技術を活用したスマートビルディングなどの取り組み,利便性向上などのソフト面の施策強化の動きを活発化させていた。
しかし,新型コロナウイルスの感染拡大を受け,サテライトオフィスや在宅勤務の普及などが進んだことにより,東京ビジネス地区(千代田・中央・港・新宿・渋谷の都心5区)の平均空室率は2021年4月時点において14か月連続で上昇している1)。そこで,デベロッパーは安全・安心といったニューノーマルへの対応や,オフィスをイノベーション創出の場にするなど,オフィスの役割・機能の変化へ対応した新たな施策に取り組んでいる。
このように,デベロッパーにおいては,オフィスビルのあり方・事業戦略・役割を見直し,より一層のオフィスビルの高付加価値化を図る必要が出てきている。
目下デベロッパーが抱える課題について以下の5点に分けて整理する。
このような課題を踏まえ,デベロッパーはICTやIoT技術を活用した設備稼働データの一元管理などにより業務効率化を図るとともに,コスト削減やシステム化による業務標準化に取り組んでいく必要がある。さらに,ビル単位での施策だけでなく,業務効率化,ビル間での管理品質のばらつき防止,重複投資の回避などのため,複数ビルを対象とした横断的な施策や統合管理に取り組んでいく必要がある。
また,ビルの利用状況や混雑状況などビル管理に活用していた情報を就業者にも発信することにより,安全・安心・快適なオフィス環境の実現に貢献するといった従来にない新たな価値提供も求められる。
こうした背景を踏まえ,日立はデベロッパーに対し,複数のオフィスビルの管理・利用データを一元的に集約し,そのデータを活用することで新たな価値創出を可能とし,さらには,拡張性が高く,継続的なアップデートが可能なソリューションの提供を実現するビル共通プラットフォームの事業を推進している。
日立が取り組むビル共通プラットフォームのコンセプトを図1に示す。本プラットフォームから二つのソリューションを提供する。一つがBuilMiraiである。BuilMiraiでは,ビル管理に関わるさまざまなデータを一元的に集約する。これらのデータをさまざまなアプリケーションと連携することで,ビル運用の品質・付加価値向上を支援することが可能である。
もう一つがBuilPassである。本ソリューションはビル利用者である就業者の活動データを一元的に集約し,体験価値・生産性向上アプリケーションと連携することで,就業者に対し新たな体験価値をスマートフォンを通じて提供する。
本稿では,BuilMiraiについて中心的に述べ,6章でBuilMiraiとBuilPassの連携による提供価値についても紹介する。
図1|日立が取り組むビル共通プラットフォームのコンセプト日立のビル共通プラットフォームは,オフィスビルの管理や利用から得られるデータを一元的に集約・管理し,さまざまなアプリケーションとの連携により,データを活用して新たな価値創出を実現する。
BuilMiraiは,昇降機や空調設備などのビル設備の稼働状況を一元的に収集・集約し,遠隔で複数ビルを統合的・横断的に監視・分析可能な,主に大規模ビルを対象としたデベロッパー向けのソリューションである。また,ビル設備のデータに加えて,ビル内のエリアごとの混雑度などの人流データを組み合わせて分析することが可能であり,ビル管理の効率化や,利用者の快適性の向上,ビルの運営品質の維持・向上を実現する。BuilMiraiの概要を図2に示す。
図2|BuilMiraiの概要BuilMiraiは,ビル内のさまざまな機器やデバイス,センサーから収集されるデータを一元的に集約し,ビルの効率的な管理や快適なビル環境の提供,運営品質の維持・向上という価値を提供するビルIoTソリューションである。BuilMiraiの「Mirai」はそれぞれ,「Manage multiple buildings」,「Integrate various systems」,「Reduce operational cost」,「Add new values」,「Inspire the next smart buildings」を示す。
BuilMiraiの主な特長は以下のとおりである。
新たな価値を提供する例として,三つのアプリケーションについて紹介する。なお,ここで紹介するアプリケーションは,初期開発時のアプリケーションであり,前述したオープンなAPIにより,今後アプリケーションの拡張を図っていく予定である。
BuilMiraiは前述したBuilPassとの連携により,さらに高付加価値なサービスを提供できる。ビルの混雑状況をビル利用者に対して直接配信したり,就業者の属性情報(テナント情報・利用権限など)やビル施設の予約情報などとビル設備を連動させたサービスの提供が可能である。例えば,オフィスや飲食店,トイレなどの混雑状況の配信による「密」な状態の回避や,入退館システムとの連携による来訪者など一時利用者のIDカードレス入退館の実現による受付業務の省人化が可能である。また,PCやスマートフォン上のアプリケーションからのエレベーター呼びや空調システム操作を可能にしたことにより,エレベーターの待ち時間低減やエネルギー消費の抑制といった効果も提供可能である。
このように,BuilPassとの連携により,ビルと人をつなぐことが可能となり,「集まる」価値のある安全・安心・快適なオフィスビルの提供と就業者のQoL(Quality of Life)向上に貢献できる。
本稿では,オフィスビルを取り巻く環境の変化,デベロッパーが抱える課題,その課題解決のための日立の取り組みについて紹介した。今後もニューノーマルへの対応や働き方改革の推進により,オフィスビルを取り巻く環境はより一層変化していくことが考えられる。
日立では,今回紹介したBuilMiraiとBuilPassを軸として,さらなる魅力向上を図るべく,ソリューションの強化や先進テーマの積極的な取り組みに挑戦する。そして,パートナー企業との連携によりエコシステムを形成し,デベロッパーやビル利用者に対して多様なサービスを継続的に提供していく。