企業では,近年の生産年齢人口の減少に伴う人的リソース不足などを背景に,先進のデジタル技術を活用した高効率な業務体制構築へのニーズが高まっている。
一方,計画業務では,大量かつ複雑な制約条件と,ノウハウや勘といった暗黙知を組み合わせて最適な計画を立案しており,限られた熟練者しか計画を作成できないという属人化の課題や,難易度が高く従来の手法ではシステム化が難しいといった課題が存在する。これに対し,日立は,数理最適化技術に機械学習を組み合わせた独自のAI技術である「Hitachi AI Technology/計画最適化サービス」を用いた課題の解決を試みている。
近年,これまでモノづくりの現場などで社会を支えてきた熟練者の高齢化が加速している。熟練者が持つ技能やノウハウの多くは伝承が困難な暗黙知であり,特に国内では生産年齢人口の減少とも相まって深刻な後継者不足が懸念されている。この状況は,企業において「ヒト」,「モノ」,「カネ」といった有限なリソースを適切に扱うための意思決定である計画業務においても例外ではなく,その業務の性質から熟練者への依存度が大きいため,熟練者不足が一層顕著な問題となりつつある。一方,企業活動の生産性,収益などのKPI(Key Performance Indicator)を継続的に維持・向上していくためには,デジタル技術を活用して業務や企業のあり方を高度な形へ転換していくDX(デジタルトランスフォーメーション)に対するニーズが高まっている。
本稿では,デザインアプローチと独自のAI(Artificial Intelligence)技術により計画業務のDX化を実現する日立の最適化ソリューション「Hitachi AI Technology/計画最適化サービス」について,その概要を紹介する。
「計画」とは,一般的には物事の段取りのことを指す。生産,流通,販売といった企業の諸活動において,生産量や売上など,何らかの目標を達成するためには,保有する有限のリソース(ヒト,モノ,カネ)をいかに有効活用するかが求められる。そのためには事前の段取りである計画を適切に立案すること,すなわち計画の最適化が重要なカギを握る。計画最適化は特定の業種や分野に依らない普遍的な概念であることから,企業活動のさまざまな場面で必要とされている(表1参照)。
表1|計画最適化の対象の広がり リソース(ヒト,モノ,カネ)を有効活用するうえで計画最適化は欠かせない。企業活動のさまざまな場面で必要とされるため,そのニーズや重要性は今後一層高まっていく。
企業の活動範囲が広がれば有限なリソースの扱いも大規模・複雑になるため,計画最適化に対するニーズや重要性は今後一層高まると考えられる。
計画業務をDX化する試みは,ビッグデータやAIといったキーワードが広まる以前から取り組まれてきた。計画作成を自動化することで計画担当者の負荷を減らすと同時に,目標を高い水準で達成できる計画をめざす。主流として用いられるのは数理最適化と総称される技術である。計画作成において求められる制約条件(生産計画ならば工程の処理時間など),およびめざすべき指標(月間の生産量など)の下での意思決定を,ある種の最適化問題としてモデル化し,その最適解を数理的なアプローチにより求めるものである。具体的な手法にはさまざまなものがあるが,数理最適化により制約条件を満足したうえで指標値が高い計画を機械的に算出することが可能となる。
しかしながら,計画最適化のシステムやサービスを導入するうえではいくつかの隘路がある。その最たるものは,熟練者である計画担当者の持つノウハウの扱いである。熟練者が計画立案の際に何を考慮しているかを漏れなく抽出し,かつ制約条件などの形にモデル化することが困難なため,たとえ計画を自動化できたとしても現実の状況にそぐわない「使い物にならない計画」となってしまい,多くの計画最適化プロジェクトが途中で立ち行かなくなる要因となっている。これは「問題領域の専門家が優秀であればあるほど自分の問題解決に使う知識を記述することが不得手である」という,いわゆる知識獲得のパラドックス1)に根ざしたものであり,計画最適化を推進するうえでの本質的な課題と言える。
そこで日立は,企業活動や業務に対して真に役立つ計画最適化の実現に向けて「Hitachi AI Technology/計画最適化サービス」を提供している。次章ではその概要について述べる。
「Hitachi AI Technology/計画最適化サービス」は,前述の熟練者ノウハウの課題を「デジタル×デザイン」のアプローチで解決し,計画業務のDX化と最適化を実現するサービスである2)。「デジタル」とは,数理最適化技術に,AIの機械学習機能を組み合わせた,日立独自の計画立案エンジン「Hitachi AI Technology/MLCP(Machine Learning Constraint Programming)」を指す。数理最適化技術により制約条件を満足した計画を導き出すのにとどまらず,熟練者による制約条件の意図的な緩和といったノウハウを,過去の計画履歴データから機械学習することで,より最適な計画を立案することができる3)。制約条件の緩和について一例を述べる。例えば,袋に収まる重量や面積を制約として最大価値のある荷物を入れる「ナップサック問題」でいうと,重量は最適化問題の定義上,必ず順守すべき制約条件となるが,現実的には超過すると即座にナップサックが壊れてしまう値とすることは考えにくい。そこで,重量制限を1 kg緩和できればより価値を生む荷物を詰められるという状況があり,熟練者も過去に同様の判断をしているならば,安全上毎回というわけにはいかないものの,条件を緩和することで「1 kg程度の重量制限を緩和したより付加価値の高い計画」を立案することができる。
また「デザイン」とは,専門チームがデザインアプローチを用いて顧客の業務を理解するプロセスを指す4)。データサイエンティストをはじめとした専門チームが,インタビューやエスノグラフィー(行動観察)のスキルを用いて顧客業務を掘り下げ,明文化されていない制約条件までも抽出するとともに,過去の計画履歴データを分析して計画パターンを抽出・モデル化する。これらを掛け合わせることで,従来見落とされていた制約条件や熟練者も意識していない計画パターンまでも抽出し,計画立案エンジンに組み込み,最適な計画の立案を実現している。さらに実際に顧客の計画業務にエンジンが導入された後も,計画結果をフィードバックすることでエンジンを継続的に更新し,ビジネス変化にも対応できるようにしている(図1参照)。
図1|デジタル×デザインのアプローチ デザインアプローチを用いて顧客の業務を徹底理解し,明文化されていない制約条件までも抽出するとともに,顧客の計画履歴を分析して計画パターンを抽出する。それらを計画立案エンジンに組み込み,適切な計画の立案を実現する。
次に,本サービスの中核技術である「Hitachi AI Technology/MLCP」の機能構成と特徴について述べる(図2参照)。「Hitachi AI Technology/MLCP」は大きく分けて「数理最適化エンジン」と「制約インタプリタ」から構成されており,数理最適化エンジンは,さまざまな制約条件・課題に対応した計画を立案する「制約プログラミング機能」と,評価指標が最大化される計画を立案する「最適化エンジン機能」を持つ。制約インタプリタは,前述の制約条件緩和のように,熟練者の計画パターンを学習して柔軟な計画を立案する「機械学習機能」を持つ。各機能のインプットデータ/アウトプットデータのレイアウトは,顧客の計画業務に合わせて定義し,それらと各制約条件との関係性に着目してシステムを実装していくため,計画の種類や顧客の業種を問わず適用することが可能である。
図2|「Hitachi AI Technology/MLCP」の概要 数理最適化技術とAIを連携した日立独自の制約プログラミング技術であり,業務理解の結果や計画履歴データから,最適な計画を立案する。
「Hitachi AI Technology/MLCP」の特徴として,複数種類の最適化問題に対応していることが挙げられる。実際の企業の計画業務では,単一の最適化問題ではなく複数の問題もしくはその組合せ問題を解かなければならないことが多い。例えば,「最適な積荷内容」を決めて「最適経路で配送」する計画業務では,それぞれ「ナップサック問題」と「巡回セールスマン問題」という異なる種類の最適化問題が複合している。従来のシステムや最適化パッケージでは,一つの計画分類や最適化問題に特化しているため対応できないことが多かったが,継続的な機能エンハンスにより対応可能な最適化問題の対象を拡張してきており,このような複雑な計画業務に対しても最適な計画を立案することができる。
本章では,「Hitachi AI Technology/計画最適化サービス」の適用例として,花王株式会社との協創による店頭支援巡回計画の自動化について述べる5)。
花王では,約2,000名の販売員が,全国の販売店を巡回し,売場提案や,店舗改装の支援,新店舗の陳列など売場づくりの活動を行っている。この活動は,全国約60のエリアごとに,販売店の要望や作業希望日,販売員の勤務予定・業務計画,技術・適性,自宅や訪問先各店舗間の移動時間など,多岐にわたる制約条件を考慮して,計画担当者が経験を基に手作業で時間をかけて巡回計画を作成していた。
これに対し,計画業務の時間・コスト削減と,店頭支援活動の効率化・業務平準化を目的として,「Hitachi AI Technology/計画最適化サービス」の適用による計画業務の自動化の取り組みを行った(図3参照)。
図3|花王との協創「店頭支援巡回計画」 従来は多岐にわたる制約条件を考慮して,計画担当者が経験を基に手作業で時間をかけて巡回計画を作成していた。
これに対し,「Hitachi AI Technology/計画最適化サービス」の適用による計画業務自動化の取り組みを行った。
ここでは,デザインアプローチに基づく計画担当者への業務ヒアリングと過去計画データの分析により,計画立案に関する一連の業務を可視化し,制約条件・評価指標の抽出を行った。可視化されたデータに基づいて,計画担当者の意図や重視しているポイントを確認し,暗黙のルールを明文化して制約条件・評価指標へ反映している。それらの優先度やバランスについても,熟練者の意見や花王として将来的に重視したいKPI,過去計画に基づく計画パターンが総合的に考慮されている。また,どの販売員がどの店舗を巡回するのが望ましいかなどの暗黙知についても,制約インタプリタによる過去計画の学習により計画結果に反映されている。
この取り組みにより,年間数万時間を要していた計画業務が半減できると見込まれており,熟練の販売員でもある計画担当者がより創造的な提案活動に取り組めると期待されている。また数理最適化エンジンにより,従来の計画担当者に対してより広いエリアを単位とした計画を立案することができるため,隣接エリアにまたがった巡回計画を立てることが可能となり,エリア間の業務平準化の効果も得られている。
ここでは,計画最適化の取り組みと課題,課題解決策として日立が提供する「Hitachi AI Technology/計画最適化サービス」およびその産業分野への適用事例を紹介した。
日立は,IT,OT(Operational Technology),プロダクトを併せ持つ強みを生かし,Lumadaを活用して現場と経営,サプライチェーンをつなぎ,全体最適化を実現するトータルシームレスソリューションを提供しており,本サービスはその一翼を担うものである。
今後,小売業,製造業などにおいて実績がある本サービスを幅広い業種へ展開し,顧客のDX推進を支援することにより,社会・環境・経済価値の向上に貢献していく。