ページの本文へ

Hitachi
お問い合わせお問い合わせ

ハイライト

脱炭素社会の実現に向けた取り組みが世界中で進んでいる。内燃機関においても,カーボンニュートラルに向け,再生可能エネルギー由来の水素やバイオマス燃料などの脱炭素燃料の利用が注目されている。しかし,これらの燃料は地域や時期によって賦存量が変動するため,安定したエネルギー供給が難しいことが課題となっている。

これに対し,日立は脱炭素燃料の有効活用を目的として,複数の燃料を組み合わせた使用が可能なエンジン制御パラメータ自動学習技術を開発している。本技術はエンジン運転中の燃料の種別や混合状態の変動に応じて必要なデータを自律的に取得し,高効率なエンジン制御パラメータを学習するものである。

本稿では,この技術の概要と試作エンジンシステムを用いた評価結果を紹介する。

目次

執筆者紹介

江 佳奈子Esaki Kanako

江 佳奈子

  • 日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 所属
  • 現在,新世代人工知能のアルゴリズム開発に従事
  • IEEE会員
  • 日本ロボット学会会員

白川 雄三Shirakawa Yuzo

白川 雄三

  • Hitachi Europe Ltd. R&D Centre Sustainability Lab 所属
  • 現在,欧州における脱炭素エネルギー事業の研究開発に従事
  • 博士(工学)

内藤 寛人Naito Hiroto

内藤 寛人

  • 日立製作所 水・環境ビジネスユニット 環境事業部 情報システムエンジニアリング部 所属
  • 現在,社会情報分野におけるSI事業推進および協創活動に従事

松本 高斉Matsumoto Kosei

松本 高斉

  • 日立製作所 研究開発グループ 先端AIイノベーションセンタ 知能情報研究部 所属
  • 現在,機械学習,CPSなどの研究開発に従事
  • 博士(工学)
  • 日本ロボット学会会員

伊藤 潔人Ito Kiyoto

伊藤 潔人

  • 日立製作所 研究開発グループ 制御・ロボティクスイノベーションセンタ ロボティクス研究部 所属
  • 現在,ロボットシステム,人工知能などの研究開発に従事
  • 博士(科学)
  • IEEE会員
  • 日本ロボット学会会員

1. はじめに

2020年,日本は,温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする「2050年カーボンニュートラル」を宣言した。また,2030年度の温室効果ガス削減目標として,2013年度から46%削減することをめざし,さらに50%削減に向けて挑戦を続けるとの方針が示された1)。このような脱炭素社会の実現に向けた取り組みは欧州をはじめとした世界各国で進んでいる。

内燃式発電装置や輸送機器に用いられるエンジンにおいても,再生可能エネルギー由来の水素や,バイオエタノール,バイオガスなどのバイオマス燃料の利用が注目されている。水素は太陽光や風力などの再生可能エネルギー電力を用いた水の電気分解から製造される。また,バイオエタノールはトウモロコシなどの作物を原料とした糖化・発酵によって,バイオガスは排水や生ゴミの発酵によって製造される。さらに,廃食油などもバイオマス燃料の一種として扱うことが期待されている。しかしながら,再生可能エネルギー電力は時間帯や季節によって変動するため,水素の生産量や市場供給量は一年を通して安定しない。また,バイオマス燃料の原料量も,地域や季節によって変動する。そのため,エンジンの運転には複数の燃料を組み合わせた利用が想定される。

そこで日立は複数の燃料を組み合わせて利用可能なマルチ燃料対応エンジンシステムが求められると考え,エンジン運転中の燃料の種別や混合状態の変動に応じて必要なデータを自律的に取得し,高効率なエンジン制御パラメータを学習するエンジン制御パラメータ自動学習技術を開発した。本技術を搭載した試作エンジンシステムにおいて,人手によるエンジン運転をできる限り抑えつつ,水素やバイオマス燃料を組み合わせた高効率な燃焼を実現した。本稿では,エンジン制御パラメータ自動学習技術の概要と評価試験結果を紹介する。

2. マルチ燃料対応エンジンシステムの課題とエンジン制御パラメータ自動学習技術

本章では複数の燃料を組み合わせて燃焼するマルチ燃料対応エンジンシステムの概要と,マルチ燃料に対応するエンジン制御の課題,エンジン制御パラメータ自動学習技術の概要について説明する。

2.1 マルチ燃料対応エンジンシステム

図1|マルチ燃料対応エンジンのエンジンコントローラの入出力 図1|マルチ燃料対応エンジンのエンジンコントローラの入出力 エンジンコントローラへの入力は燃料A供給量,筒内圧,回転速度,現在のトルクであり,コントローラからの出力は点火時期,燃料B供給量,吸入空気流量である。

日立はこれまでにマルチ燃料に対応可能な燃料改質エンジンシステムを開発している2),3)。燃料改質エンジンシステムは,従来のエンジンに,エンジン排熱を利用してメタンガスやエタノールから水素を含む改質ガスを生成する反応装置を追加した構成のエンジンシステムである。エンジンは,ベース燃料のガソリン,メタン,エタノールと水素を混ぜて燃焼する。すなわち,本エンジンシステムは液体燃料,ガス燃料に関わらず複数の燃料が利用可能なマルチ燃料対応エンジンシステムである。マルチ燃料対応エンジンシステムの制御の入出力を図1に示す。ここでは,燃料A(例えば,水素)と燃料B(ベース燃料)の混合物を燃焼するものとする。コントローラへの入力は,燃料A流量計からの燃料A供給量qA,圧力センサーからの筒内圧p,クランク角センサーからの回転速度vc,トルクセンサーからの現在のトルクτcである。これらを総称して「燃焼状態」と呼ぶ。コントローラからの出力は,エンジンシステムの制御パラメータであり,点火プラグへの点火時期θit,燃料Bインジェクターへの燃料B供給量qB,スロットルへの吸入空気流量qairである。

2.2 マルチ燃料に対応するエンジン制御の課題

従来のエンジンを運転する際には,要求エンジン回転速度,要求エンジントルクを達成するための制御パラメータがルックアップテーブルの形で保存された制御マップと,コントローラへの入力値に基づいて,コントローラからの出力値を決定していた。マルチ燃料対応エンジンシステム向けに,燃料の種別や混合状態の変動に対応しつつ高い熱効率でエンジンを制御する制御マップを作成するためには,使用予定の燃料の種別と比率を事前に予測して各比率の燃料を使って実機エンジンを人手で運転する必要がある。しかし,燃料の比率は,エンジン運転時に供給された燃料の種類や混合比率が変化するだけでなく,反応装置の運転環境によって改質ガス組成が変動するため,事前に予測することは不可能である。

これに対して,エンジンシステムのシミュレータを構築し,取り得るすべての燃料比率ごとのシミュレーションデータを用いて事前に制御マップを作成する方法が考えられる。しかし,エンジンの燃焼は層流燃焼に近似できないほど強度な乱流燃焼であり,層流燃焼のように理論的に燃焼状態を推定することができない。そのため,シミュレータを構築するには,実機エンジンを運転してデータを収集するほかないが,事前に,取り得るすべての燃料比率で実機エンジンを人手で運転するのは困難である。

一方,実機エンジンを人手なしに探索的に運転して制御マップを作成することも考えられる。この方法は,未知の運転環境において,運転の主体がランダムに動作を行って運転環境からのフィードバックを受けることによって運転のルールを学習する強化学習として知られている。強化学習における運転の主体を実機エンジンとすれば,制御パラメータをランダムに変えながら実機エンジンを運転することによって制御マップを学習するということになる。しかし,エンジンの制御パラメータ空間には異常燃焼の発生する領域が存在し,事前に定義することはできない。そのため,ランダムに制御パラメータを変えながら運転すると,最悪の場合,コントローラが異常燃焼の発生する領域内の制御パラメータ値を指定し,異常燃焼が発生してエンジンは運転停止,または故障する。

以上をまとめると,燃料の種別や混合状態の変動に対応しつつ高い熱効率でエンジンを制御するための課題は,(1)取り得るすべての燃料比率で実機エンジンを人手で運転することは困難であること,(2)ランダムに制御パラメータを変えながら運転すると異常燃焼が発生する場合があることの2点である。

2.3 エンジン制御パラメータ自動学習技術の特徴

本技術は複数の燃料を混合させた場合において,燃料比率の変動に対して燃焼状態が連続的に変化することを利用した技術である4)

前節で定義した課題(1)を受けて,実機エンジンの運転データ数を抑えるため,燃料比率の変動に対する燃焼状態の連続性により,燃料比率の差が小さい場合,燃焼状態の差も小さいことを利用する。具体的には,エンジンの運転初期の燃料比率による運転データのみ事前に取得して制御モデルを学習しておき,段階的に燃料比率を変動させて,前段階で学習した制御モデルをベースに,より熱効率の高い制御パラメータを探索(Searching phase)後,各段階で制御モデルを学習する(Learning phase)ことを繰り返す。これによって,事前に取得すべき実機エンジンの運転データはエンジンの運転初期の燃料比率における運転データのみとなり,データ取得量を抑えることができる。

また,課題(2)を受けて,異常燃焼の発生する領域を回避しながら探索的にエンジンを運転するため,燃料比率の変動に対する燃焼状態の連続性により,異常燃焼の発生する領域の周辺には異常燃焼予備領域(エンジンは停止しないが熱効率が低い領域)があることを利用する。具体的には,Searching phaseにおいて,ランダムに運転データを取得せずに,前段階で学習した制御モデルによる制御パラメータを初期値として,熱効率の高い方向へ運転データの取得範囲を移す(図2参照)。これによって,異常燃焼予備領域で運転することはあっても,その領域は熱効率の低い領域であることから,その先にある異常燃焼の発生する領域のある方向へ運転データの取得範囲が移ることはなく,異常燃焼の発生する領域を回避しながら熱効率の高い制御パラメータを探索することができる。本技術の詳細は参考文献4)を参照されたい。

図2|Searching phaseにおけるデータ取得点の探索ルート 図2|Searching phaseにおけるデータ取得点の探索ルート 初期値の周辺の制御パラメータを探索し,熱効率の高い方向へとデータ取得の探索範囲を遷移させる。

3. 実機エンジンを使ったエンジン制御パラメータ自動学習技術の評価試験

開発したエンジン制御パラメータ自動学習技術を試作エンジンシステムに適用し,技術の有効性を評価した。本評価試験に使用した燃料は,バイオマス燃料であるエタノールと水素である。事前に,エタノールを使って手動でエンジンを運転し,運転データを取得して制御モデルを学習した。本試験ではエタノール100%,水素0%から運転を開始し,水素燃料の燃料比率を2.5%(熱量%)刻みで徐々に増加(20%以降は5%刻みで増加)させながらエンジンを運転した。

エンジンの運転中,燃料比率が変化するたびに,Searching phaseとなって直前の燃料比率で学習した制御モデルをベースに,より熱効率の高い制御パラメータを探索した。その後,Learning phaseとなって高熱効率の制御パラメータの運転データを取得し,取得したデータを用いて制御モデルを学習した。

探索前後の熱効率を図3に示す。各水素比率における探索前の熱効率は直前の水素比率において学習した制御モデルによる推定制御パラメータでエンジンを制御したときの熱効率である。いずれの水素比率においても,探索後には熱効率が向上していることが分かり,最大で7.9%の向上が見られる。以上の結果より,本技術は複数の燃料を組み合わせて利用した場合でも人手によるエンジンの運転を抑えつつ高効率で運転できることが示された。

探索後の燃焼変動率(COV of IMEP:Coefficient of Variation of the Indicated Mean Effective Pressure)を図4に示す。一般的に,COV of IMEPが3%以下であれば,燃焼は安定しているとされる。本結果では各燃料比率のCOV of IMEPはすべて3%以下であった。以上の結果より,本技術によって異常燃焼が発生することなく安定した燃焼が実現されることを確認した。

図3|探索前後の熱効率の評価結果 図3|探索前後の熱効率の評価結果 制御パラメータ自動学習技術を用いたエンジン制御により水素濃度の変化に対応して運転が可能である。学習データ取得点の探索により,自動でエンジン熱効率が高められる。

図4|燃焼変動率(COV of IMEP)の評価結果 図4|燃焼変動率(COV of IMEP)の評価結果 各水素濃度に対する燃焼変動率の結果を示す。一般的に燃焼変動率3%以下が安定した燃焼とされており,エンジン制御パラメータ自動学習技術により水素濃度が変化した場合でも安定したエンジン運転を実現した。

4. おわりに

本稿では,マルチ燃料に対応可能なエンジンシステムの制御パラメータ自動学習技術について述べた。

本技術を搭載したエンジンシステムは,脱炭素化が進むにつれて多様化や変動が想定される燃料にも状況に応じて対応でき,気候変動に対するレジリエンスを高めるエネルギーソースとして活用可能である。

今後,本技術を搭載したエンジンシステムの実証を進め,ゼロエミッションを実現可能なエネルギーサプライチェーンの構築をめざす。

参考文献など

1)
経済産業省ニュースリリース,2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略を策定しました(2021.6)
2)
白川雄三,外:低濃度含水エタノールを用いた燃料改質エンジンシステムの高効率化検討,自動車技術会論文集,49巻,2号,pp. 247〜252(2018.10)
3)
白川雄三,外:低濃度含水エタノールを用いた燃料改質エンジンシステムによる熱効率向上とNOx低減,日本機械学会論文集,82巻,840号,p. 15-00573(2016.8)
4)
K. Esaki et al.: Active-exploration-based generation of combustion model adjusting to occasional rapid changes in mixed ratio of various fuel types, International Journal of Engine Research, Vol. 22, No. 9, pp. 2767-2778(2020.10)
Adobe Readerのダウンロード
PDF形式のファイルをご覧になるには、Adobe Systems Incorporated (アドビシステムズ社)のAdobe® Reader®が必要です。