日立評論

AIによる社会イノベーション事業への取り組み

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日立評論

ハイライト

AIは社会イノベーション事業を推進する強力なツールである一方,その特性上,安全性・公平性・透明性・倫理的観点への配慮が不可欠である。これらの点に配慮しつつ,AI技術の社会適用を行い,Society 5.0の実現をリードしていくことが,日立の重要な使命であると考えている。

日立は,Lumadaを中核とした社会イノベーション事業を顧客協創により推進することで,これを実現しようとしている。

本稿では,日立の社会イノベーション事業と顧客協創の考え方に基づいたAI技術の社会実装の実例を通じて,AI技術が社会に適用されるために求められる倫理的な観点と,それにどのように配慮しているかについて概説する。

目次

執筆者紹介

影広 達彦Kagehiro Tatsuhiko

影広 達彦

  • 日立製作所 研究開発グループ 先端AIイノベーションセンタ 所属
  • 現在,AIコア技術の研究開発のマネジメントに従事
  • 博士(工学)
  • 電子情報通信学会会員
  • 情報処理学会会員

Umeshwar Dayal

Umeshwar Dayal

  • 日立製作所 研究開発グループ 兼 日立アメリカ社 所属
  • 現在,IoT,ビッグデータ分析,AIを活用したデジタルソリューションの研究開発・顧客協創のマネジメントに従事。
  • 博士(応用数学)
  • ACM Fellow

Ravigopal Vennelakanti

Ravigopal Vennelakanti

  • 日立アメリカ社 Big Data Analytics Solutions Laboratory 所属
  • AIアナリティクス,データマネジメント,IoT,ブロックチェーンとこれらの産業応用研究,およびマルチモーダルモビリティの研究開発に従事

1. はじめに

Society 5.0は,「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより,経済発展と社会的課題の解決を両立する,人間中心の社会」であると内閣府の「第5期科学技術基本計画」にて定義されており,最新技術を駆使して現在の社会課題を克服する日本の未来社会の姿として提唱されている。日立は,このSociety 5.0のコンセプトの下,社会イノベーション事業のグローバルリーダーをめざし,社会価値・環境価値・経済価値の三つの価値を重視した経営を進めている。日立の五つの事業分野(モビリティ,ライフ,インダストリー,エネルギー,IT)を中心に,社会イノベーション事業を強力に推進し,「環境」,「レジリエンス」,「安心・安全」を注力ポイントとした社会課題解決による価値創出と,人々のQoL(Quality of Life)の向上の実現に取り組んでいる。

この社会イノベーション事業を,日立はデジタルと協創を軸に推進している。“illuminate + data”,データに光を当てて新たな価値を生み出す,という思いを込めて名付けられたLumadaのプラットフォームにデジタル技術を集約し,ビッグデータ解析やAI(Artificial Intelligence)を駆使した課題解決を進めている。デジタルを活用した課題解決は,顧客やパートナーとの協創によって実現される。

協創においては,日立独自の顧客協創手法を体系化したNEXPERIENCEと,幅広い事業領域で培った経験および技術基盤を活用し,社会課題とビジョンの共有,価値の仮説検証,社会実装の試行,事業を通じた価値実現の協創プロセスを推進している。また,グローバルに協創を進めるため,各地域の大学・国際機関と連携し,課題解決に向けたエコシステムを構築している。例えば,日立東大ラボにおいてはカーボンニュートラルに向けたシナリオ策定,清華大学とはエネルギー,モビリティ,健康都市に向けたビジョンの策定など,各地域で課題解決に向けた将来ビジョンをステークホルダーと共に策定し,合意形成を促進している。

社会イノベーション事業を進めるうえで,AIの社会実装は重要な鍵であるが,AIの社会実装においては,安全性・公平性などの倫理的観点への配慮が不可欠である。

本稿では,日立の社会イノベーション事業におけるAIの社会実装の例に関して,倫理的観点への配慮も含めて概説する。

2.  社会イノベーション事業におけるAIの社会実装

社会イノベーション事業においては,デジタルとリアルの双方に知見を持ち,それらを相互に連携させつつイノベーションを実現する力が必要であり,このためのプラットフォームがLumadaである。デジタルとリアルを連携させるシステムはCPS(Cyber Physical System)と呼ばれる。日立のLumadaによるCPSは, 日立が培ってきたOT(Operational Technology),IT,プロダクトの知見と実績に基づき,データからリアルを変化させる知見を継続的に生み出すことが特徴である。

CPSの鍵となるのがAIをはじめとするデジタル技術であるが,社会にAIが深く浸透していく中で,AIが内包する倫理的リスクへの対応の重要性が強く認識され始めている。日立は,AIを社会から信頼される形で社会実装し,利活用していくためには,安全重視,プライバシー保護,公平性重視,適正開発・利活用,透明性・説明責任重視,セキュリティ重視,法令遵守,の七つの項目を,計画,社会実装,維持管理のすべてのAI利活用のフェーズにて実行する必要があると考えている。これは,日立の「AI倫理原則」としてまとめられ,2021年2月に公開されている。原則策定の下地となっているのは,1910年の設立時から今日まで継続する,「企業は社会とともにある」という日立の考え方と,「優れた自主技術・製品の開発を通じて社会に貢献する」という日立の企業理念である。

日立はこのような企業理念と原則に則り,AIの社会実装を進め,社会から信頼されるAIが多くの社会課題を解決し価値をもたらす,社会イノベーションの実現をめざしている。

3. AIの社会実装の実例

顧客協創を通じて技術を社会実装し,社会イノベーション事業を加速する取り組みを,日立は幅広い事業分野で実践している。AI技術の社会実装においては,倫理面への配慮が不可欠であり,案件に応じて異なる重視すべき倫理的観点に配慮して,社会実装の試行を進めている。本章では,モビリティ,ライフ,IT,インダストリーの分野における,AI技術の社会実装の実例を紹介する。

3.1 ダイナミックヘッドウェイ

図1|ダイナミックヘッドウェイにおけるデータ解析フロー図1|ダイナミックヘッドウェイにおけるデータ解析フロー駅や列車内に設置されたセンサーによって取得したデータから需要状況を分析し,その結果に基づいて需要の増減に応じた列車の運行間隔の最適化を自動で行う。

ダイナミックヘッドウェイは,乗客の需要に応じた柔軟な運行という新たな鉄道の価値を提案する世界初のソリューションである。本ソリューションは,駅や列車内に設置されたセンサーによって取得したデータから需要状況を分析し,その結果に基づいて需要の増減に応じた列車の運行間隔の最適化を自動で行う(図1参照)。

これにより,乗客に対しては混雑緩和と快適な移動という価値を,鉄道事業者に対しては運行効率の向上という価値を提供する。これは,需要変動とモビリティ資源の供給を最適にバランスさせ,環境に配慮したモビリティシステムの実現にもつながる。本技術をコペンハーゲンメトロにおいて実証し,現在の混雑率をもとにして将来の需要を高精度で予測できることを確認した。また,ダイナミックヘッドウェイがもたらす効果をシミュレーションで確認した。

本ソリューションでは,センサーデータから人の流量を推定しているが,個々人を追跡したり特定したりするような処理は行っていない。また,駅の混雑状況をユーザーや駅員に見せる場合には,人を人物オブジェクトで置き換えて表示する機能を提供し,プライバシーに配慮している。

3.2 Hitachi Digital Solutions for Pharma

図2|Hitachi Digital Solutions for Pharma/バイオマーカー探索サービスで用いるAI技術図2|Hitachi Digital Solutions for Pharma/バイオマーカー探索サービスで用いるAI技術AIを用いて医薬品の効果に影響を与える重要因子を検出し,これらの組み合わせにより治療効果を定量化する指標(バイオマーカー)を自動生成する。

日立は,AI技術を活用し,治療効果を高精度に予測可能なバイオマーカーを探索する「Hitachi Digital Solutions for Pharma/バイオマーカー探索サービス」を開発し,2019年10月にサービスリリースした。本サービスで使用するAI技術は,臨床研究や治験などの患者データから治療の有効性や副作用の予測に重要な因子を抽出した後,これらの因子を用いて人間にとって理解しやすい数式を用いて,治療効果を高精度に予測可能な指標を自動生成する(図2参照)。

この自動生成される指標の解釈性,透明性の高さが評価され,2020年10月にグッドデザイン賞を受賞した。本サービスはこれまでに複数の製薬会社や研究機関で活用されており,新たなバイオマーカーの発見に貢献している。従来,バイオマーカーは仮説ドリブンなアプローチによって探索されていたが,本サービスを活用することで,認知バイアスがかからないデータドリブンなアプローチによるバイオマーカー探索が可能となるため,従来では難しかった新たなバイオマーカー候補の発見が期待できる。また,このバイオマーカーを用いて個々の患者の治療効果を事前に予測することで,個々人に適した治療を提供するパーソナライズドヘルスケアの実現にもつながる。

このような技術を研究開発するにあたっては,AI倫理および生命倫理への配慮が不可欠である。AI倫理に関しては,バイオマーカーの意味づけや導出の過程をブラックボックス化せず,高い解釈性や透明性を持たせることにより,医師がバイオマーカーを用いて診断を行う際に自身の判断と照合し,最終判断を下すことができるよう配慮している。また生命倫理に関しては,国際的な倫理原則(ヘルシンキ宣言)に則るとともに,国内の法令及び倫理指針に従って,医療機関の倫理審査委員会において,医学研究としての妥当性を承認された後に研究開発に着手する。日立はこれらの倫理的観点を念頭に,常に被験者の福祉と利益を最優先事項として配慮しつつ研究開発を行っている。

3.3 政策提言AI

日立は京都大学と合同で設立した研究組織,日立京大ラボにおいて「政策提言AI」の開発を行った。

日本では,少子高齢化や産業構造変化に伴って,成長・拡大時代からポスト成長(非成長・非拡大)時代へのパラダイムシフトが起こりつつあり,日本の持続可能性の向上が大きな社会課題となっている。

政策提言AIは,社会モデルを基に起こりえる多様な未来シナリオ間の分岐構造と分岐の要因を示すことが可能であり,有識者との共同解析の結果,将来の日本には,都市集中シナリオと地方分散シナリオの二つの可能性があり,二つのシナリオの分岐が2026年から2028年ごろに起こることが描き出された。

政策提言プロセスは,(1)解くべき問題の設定と,その問題に関する情報の収集および情報の体系化を因果連関モデルにまとめる「情報収集ステージ」,(2)因果関連モデルを使ってAIシミュレーションを行う「選択肢検討ステージ」,(3)得られた複数のシナリオとありたい社会像を照合してシナリオ選択を行う「戦略選択ステージ」に分割することが可能である。

今回日立が開発したプロセスにおいては,(1)および(3)を人間が,(2)をAIが担当している。倫理の観点で配慮すべき点として,(1)において人間が因果関連モデルを構築する際に使用するデータに地域・人種・職業などの偏りを含んでいると,(2)によるシミュレーションの結果生成される未来シナリオにおいて,特定のグループへの配慮がなされなかったり,不利益を被るような社会が描かれたりする可能性がある。このような事例が発生しないよう,入力データの偏りが生じないようデータの選び方に十分な配慮をするとともに,(3)のシナリオ選択においても,これらのシナリオに不公正さが含まれないよう,人がチェックをすることとしている。

3.4 住宅ローン審査

図3|AIを用いた住宅ローン審査サービス図3|AIを用いた住宅ローン審査サービスAI審査モデルを用いて個別のローン案件が債務不履行となる確率を算出することにより,従来の課題であった与信コストの削減や審査時間の短縮を図ることが可能である。

日立と住信SBIネット銀行株式会社の両社が共同出資するDayta Consulting株式会社は,日立のAI技術と,住信SBIネット銀行のデータハンドリング技術・ノウハウを組み合わせたAI審査サービスの提供を開始した(図3参照)。

住宅ローンは長期・多額の融資であり,万一の貸し倒れ時における貸し手の損失が大きいことから,金融機関は契約者の収入状況や物件情報を基に時間をかけて慎重に返済の可否を審査することが一般的である。

本サービスでは,AI審査モデルを用いて個別のローン案件が債務不履行となる確率を算出することにより,従来の課題であった与信コストの削減や審査時間の短縮を図ることが可能である。本サービスを支えるAI技術として,発生頻度の低い事象を予測するための「Hitachi AI Technology/Prediction of Rare Case」(AT/PRC)を活用し,住宅ローンの事前審査だけでなく本審査までをカバーできる予測精度を達成した。

機械学習で昨今広く用いられるディープラーニングでは,データの発生頻度が低い場合にノイズに左右されやすく過学習を引き起こす傾向があることや,予測式が複雑であるため予測根拠の提示が難しい(ブラックボックス化)ことが開発の課題であった。そこで日立独自の「シグナルノイズ学習」により過学習を抑制しつつ,予測根拠を定量的に提示する「影響度算出技術」を用い,予測根拠を説明しやすくするXAI(Explainable AI:説明可能なAI)で,これらの課題の解決を図った。

上述のようなAIサービスを開発するにあたっては,債務不履行の確率をAIがどのように算出したかという根拠を説明できることが重要である。そこで本サービスでは,XAIを用いて,年収や職業といった属性ごとに影響度を分解して審査結果の根拠を説明できるサービスモデルを開発している。

3.5 Manufacturing Automation

図4|製造基幹システムのDXの例図4|製造基幹システムのDXの例視覚センサーやウェアラブルセンサーからのモニタリングデータを活用し,プライバシーに配慮しつつ,労働者の安全性向上やトレーニングに活用する。

第四次産業革命は製造業における自動化・デジタル化をめざすものであり,組立ラインの監視システムなどの製造業の基幹システムのDX(デジタルトランスフォーメーション)と標準化へ向けた取り組みが進んでいる(図4参照)。

このような産業システムの重要な目的の一つとして,協働ロボットと一緒に作業する人間の効率と安全性の向上が挙げられる。視覚センサーやウェアラブルセンサーからのモニタリングデータを活用し,労働者の安全性向上やトレーニングに活用する。日立アメリカ社では,このような産業システムに活用するAI技術の開発を進めている。

製造現場の環境において,注意深く対処すべきAIの倫理的な問題がいくつかある。まず,カメラやセンサーを使ったモニタリングは,プライバシーを侵害することなく,効率性と安全性の向上の目的のみに使用されるべきである。第二に,ロボットの自動制御においては,作業者の安全性を最大限に高めるために,適切なタイミングで,熟練者などが支援したり,AI制御から人の制御に切り替えたりできるように,システムを設計する必要がある。最後に,システムに組み込まれるAIモデルは,学習データやモデルの出力に偏りがないかや,AIモデルに偏りがないか,不安全・不公平な状況をもたらすパターンがないかを,常にチェックしなければならない。これらのAI倫理的な問題に対処するため、作業者のプライバシーを尊重し,リアルタイムのデータ使用を制限するためのポリシーや規制を設け,運用時に遵守するようにしている。また,ウェアラブルセンサーは作業者の個人的な状態を特定する可能性があるため,非侵襲型で,安全で,取得データが匿名化されたものとなるよう配慮している。

3.6 路側マネジメント

Eコマースの急発展に代表される配送需要の拡大や,モビリティシェアリングサービスの成長により,交通需要が拡大し需要変動も大きくなる中,需要の多い時間帯は道路として利用するが,需要の少ない時間帯は駐車場やイベントスペースとして利用するなどの,状況に応じた土地利用を可能とする路側マネジメントの必要性が高まっている。

路側マネジメントでは,システム間連携により,Wi-Fi※)ホットスポット,バス,タクシー,電気自動車用充電設備,駐車場,自転車専用道路などのインフラを監視し,管理する。日立アメリカ社は,インフラのデータを統合して,需要の推定や予測に基づく最適なサービスの動的割り当てを行うとともに,リアルタイムで街の状況をユーザーや管理者に提供する路側マネジメントシステムの開発に着手している。

AI倫理的な課題としては,例えば,路側における人々の行動を把握するためにはカメラを用いるが,人々の行動パターンの検知と顔認識技術が連携すると,日常的な行動パターンの特定につながり,利用者の不安を引き起こす可能性がある。 また,収益のみを目的としてサービス割り当てを最適化すると,ユーザーにとっての快適さやサービスの質が犠牲になる場合もある。これらの課題に対処するため,システム設計の段階から公平性,プライバシー,セキュリティなどの倫理的な問題に配慮している。また,収益,快適性,効率だけでなく,公平性やプライバシーを考慮したリソースの割り当てを提案するよう,システムを設計している。

※)
Wi-Fiは,Wi-Fi Allianceの商標または登録商標である。

4. おわりに

近年のAIの進化により,人が取り扱うことが困難な,複雑で大量のデータから帰納的に法則や最適解を導出することが可能となり,人が演繹的に法則を与えるのが困難な課題であっても解を導出することが可能となってきた。その一方,アンコンシャスバイアスのようなデータの偏りによって,結果として受益者間に不公平が生じたり,データ収集の過程でプライバシーの問題やデータの目的外利用の懸念などを生じさせたりするなどの問題も顕在化してきた。

日立は社会イノベーション事業を通じてSociety 5.0や第四次産業革命の実現に貢献していくが,その過程においては倫理的な問題に配慮し,人々のQoLの向上を追求しつつ研究開発を進めていく。

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