生成AIを支える技術研究開発
Column:フロントラインワーカーを支援する日立のメタバース・AI・ロボティクス研究
- 日立製作所 研究開発グループ 先端AIイノベーションセンタ 知能ビジョン研究部 吉永 智明
- 日立製作所 研究開発グループ コネクティブオートメーションイノベーションセンタ 野口 直昭
- 日立製作所 研究開発グループ 先端AIイノベーションセンタ 影広 達彦
生成AIとフロントラインワーカー
世界の労働問題をめぐって,各政府のビジョン・政策の下,ウェルビーイングや倫理の観点も巻き込んだ議論が活発化している。例えば,Society 5.0ではAI(Artificial Intelligence)やIoT(Internet of Things),ロボティクスなどを活用し,人と技術が調和した効率的で柔軟な働き方をめざしている。また,Industrie 5.0では,システムがリアルタイムにネットワークで連結して自律的な生産プロセスを実現するIndustrie 4.0のコンセプトに加えて,技術と人間の共存や協調に重点が置かれている。いずれにおいても,人間中心の社会をめざしてAIやロボティクスなどの先端技術で人の労働をどう支援するかが議論されている。
こうした背景の下,オフィスワーカーの働き方は生成AIの登場により大きな変化が起きている。2022年11月に公開されたChatGPT*は,文章案の作成や翻訳といったOA(Office Automation)業務はもとより,プログラミングなどのクリエイティブ業務でも効果を発揮し,作業効率を高めている。一方,世界のGDP(Gross Domestic Product)の80%を占めるといわれているフロントラインワーカーの業務は,ドメインや現場特有の経験や知識が必要で,AIが判断を誤ったときの影響が大きいため,生成AIの活用は限定的である。社会イノベーション事業を推進する日立は,社会課題解決のためには現場の最前線でモノづくりやサービスを推進するフロントラインワーカーの支援が必須であると捉えている。
日立は,フロントラインワーカーの中でも特に「さまざまな業界の現場の最前線で,頭脳と肉体の両方を駆使して働き,社会を支えている人々」を主な支援対象と考えている1)。例えば,鉄道車両の製造・保守や,製造工場の組み立て作業者などである。現在,フロントラインワーカーは,世界的に人手不足で厳しい状況に置かれている。その背景には,労働環境の過酷さに加え,深夜労働など働き方の柔軟性の低さが挙げられる。一方で,賃金が低い傾向にあること,現場に対応できるようになるスキルの伝承に時間が掛かることなどが課題である。
こうした課題を解決するためには,フロントラインワーカーが駆使している「人間力」を支援し,より拡張・成長させることが重要と考える(図1参照)。フロントラインワーカーは現場で五感により状況を理解し,思考力によって判断して,さまざまな部門と相談・調整といったコミュニケーションをとりながら,作業を行っている。本コラムでは,その先進的な取り組みの動向と事例として,AI×メタバースと,AI×ロボットによるフロントラインワーカー支援について紹介する。AI×メタバースでは,五感やコミュニケーションを拡張する。また,AI×ロボットでは,単調作業や危険な作業をロボットに代替するレベルから,人の成長を重視し,人とロボットが協働するうえで必要な人の意図理解や自律機能を拡張する。
現場を変えるメタバースとマルチモーダルなAI技術
フロントラインワーカーの業務効率化のために,現場をサイバー空間上に再現する産業用メタバースの取り組みがある。例えば,SiemensとNVIDIAは,製造現場をサイバー空間上に再現して生産ライン変更を事前にシミュレーションし,教育に活用している。日立は,人の運用・保守業務の課題を解決するために,メタバースとAIを組み合わせた現場拡張メタバースに取り組んでいる2)。プラント施工管理における事例では,関連するドキュメントや作業ログなどのデータを,サイバー空間上のプラントの該当アセットにひも付けて登録し,管理する。現場での実位置の把握や,登録データからのメタデータ抽出にAIを用いることで簡易にメタバースを構築できる。メタバースをデータ蓄積の器として利用することで,現場全体を俯瞰しつつ,作業工程表や作業ログなどに直感的にアクセスできる。これにより,人の五感力を高められると同時に,異なる場所にいる者同士が同じ現場・アセット・情報を見ながら会話し,部門間のコミュニケーションを活性化することが可能であり,新たな働き方を提供できる。
このメタバース空間上のデータをAIがナレッジ化することで,より人の業務を支援できるようになると考える。近年,LLM(Large Language Models:大規模言語モデル)を活用して業務支援を行うAIエージェントが注目を集めている。これは,LLMが作業プロセス案を生成することで,Webサイトを周回して旅行に最適なホテルの候補や,EC(Electronic Commerce)サイト上の好みの商品の提案をしてくれる技術である。しかし,本技術はWebなどの構造化されたデータでは利用できるが,製造やインフラの現場ではまず実空間上のデータを構造化してAIが理解可能な状態にしておく必要がある。そこで日立は,マルチモーダルAIによって,現場の多様なデータを言語化し,現場を理解することで,人に対して作業提案・支援するAIの実現に取り組んでいる。プロトタイプの一例を図2に示す。ポンプのメンテナンスにおいて,作業員が持つタブレットなどで,ポンプ画像と音を撮影・録音してAIアシスタントにアップロードすることで,画像から何のポンプかを認識し,音から異常の有無を判断する3)。また音声の内容を言語化して過去の事例と照合することで,原因やアクションプランを提示できる。
このように,現場DX(デジタルトランスフォーメーション)を通じて取得した多様なデータを,データ個々ではなく,ドキュメントや映像など統合的に解析してナレッジに変えていくことで,直接的に作業を支援するだけでなく,ワーカーの学びを高めて五感力の向上を促せると考える。
人とAIロボットが協働する社会に向けて
フロントラインワーカーの業務効率化や安全性向上のためには,AIで人を支援するだけでなく,ロボットに一部担ってもらう割合が増えている。物流倉庫におけるAMR(Autonomous Mobile Robot)や,飲食店での配膳ロボット導入が進んでいる。近年は,ドローンによる配達やインフラ検査などの作業,さらに,4脚ロボットによる工場内,建設現場,プラントなどの点検業務の実証試験なども盛んに行われている。これらは,現場の省人化や負荷低減が主目的で,人の成長支援の視点ではまだ発展段階といえる。一方,人とロボットで望まれる労働形態について,国連の「AIのある未来」プロジェクト(2022年度)では,全世界で35か国の254人の若者を対象に,業種ごとに,人がやるべきもの,人協働型,AIロボット型のいずれが望まれるかを分析している4)。
調査対象の10業種(工場労働,配達,監視,学生の評価,家事,自動運転,新薬の開発,手術,店員,教育)のうち,AIロボットあるいは協働でやるべきものとの回答を得た割合の高い上位の分野は,工場労働,配達,監視であった。逆に,人がやるべきものと回答を得た上位の分野は,手術,店員,教育であった。
また,配達を除くすべての分野で,AIロボットよりも人協働への期待が大きかった。人協働型のロボットの観点では,日立はこれまで,サービス案内ロボットとして,自ら移動し人との対話機能を有するEMIEW5)やエレベーターの施工において,微妙な位置合わせの繰り返し作業について,人協働型のツールを開発している6)。
AI×ロボットに着目すると,LLMの登場以降,ヒューマノイド型ロボットの研究が加速している。人の言語指示や言語理解により一連のシナリオの自律動作の能力が進展し,これに仮想空間を利用した強化学習も活用されている。しかし,接触などの五感を用いる場合,仮想空間での学習には限界があることも知られており,日立は,現場の状況に合わせてリアルタイムに動作を生成する深層予測学習の研究を進めている7)。さらに,模倣学習を組み合わせて人の作業のロボットへの教示の簡易化8)と複雑な作業の自律実行などにも取り組んでいる。
今後は,メタバースなどの仮想空間を利用して,人との対話を含めたインタラクションを強化し,業務ノウハウをサイバーに蓄積して他サイトでリモートで運用することが期待されている。さらにメタバース上で五感のやりとりを強化できれば,人との接触を含めた作業をロボットと協働で,遠隔で行うことも期待できる。
フロントラインワーカーが担う業務は,現場の状況がめまぐるしく変化する中で多種多様な情報を扱い,経経験に基づく判断と実行を必要とするものである。こうした業務を支援するためには,図3に示すロードマップのように,人の負荷低減から取り組みを開始し,現場を深く理解するAIや,そのナレッジを蓄積したメタバースで,能力・キャリア開発の支援範囲を拡大していく。AIやメタバースが人とロボットの媒介として作用することで,人とロボットの理解共有が進み,新たな働き方を実現できると考える。高い安全性が求められる現場では,法令や規制などもあるが,業務プロセスを徐々に革新していき,労働生産性の向上と人間の成長や幸福に貢献するべく,技術開発を進めていく。
図3フロントラインワーカー支援に向けたAI,ロボット活用のロードマップ
参考文献など
- 1)
- データとテクノロジーで,フロントラインワーカーを輝かせる(2024.9.15)
- 2)
- 藤原貴之, 外:日立グループで進める産業分野向け現場拡張メタバース,日立評論,(2024.7)
- 3)
- Ryoya Ogura et al., “Retrieval-Augmented Approach for Unsupervised Anomalous Sound Detection and Captioning without Model Training,” arXiv, 2024.
- 4)
- 高橋利枝:総務省,デジタルビジネス拡大に向けた電波政策懇談会,公開資料(2024.4.3)
- 5)
- 日立ニュースリリース,接客や案内サービスを行うヒューマノイド「EMIEW3」とロボットIT基盤を開発(2016.4.8)
- 6)
- 日立ニュースリリース,建設業界における人手不足,「2024年問題」影響の緩和に向けて,エレベーター据付作業を半自動化し,工期を短縮する新技術を開発(2024.3.7)
- 7)
- H. Ito et al., Efficient multitask learning with an embodied predictive model for door opening and entry with whole-body control, Science Robotics, Vol 7, Issue 65(2022.4)
- 8)
- 伊藤洋,外:直感的な全方向移動とマニピュレーションを実現するロボットシステム 人生活支援を実現するマルチタスク型ロボットの開発,日本機械学会 ロボティクス・メカトロニクス講演会(2024.5)
1. 生成AIを活用したシステム開発・保守支援技術
日立は大規模システムの開発・保守における生産性向上のため,プロジェクトマネジメント・上流設計・製造・テストなどSI(System Integration)工程の全プロセスに生成AIを適用する技術を開発した。
一例として,大規模システムの開発には多数かつサイズの大きい詳細設計書・ソースコードが必要だが,生成AIが一度に扱える情報量の上限を超えたり,精度が低下したりする課題があった。そこで,生成AIが扱えるように大規模な入力情報を変換する大規模情報変換技術を開発した。本技術により,例えばソースコード修正の際は,精度を落とすことなく規模の大きな詳細設計書・ソースコードを入力して修正することを可能とし,大規模システムにおける開発・保守の生産性向上に貢献する。
本技術を,日立が培ってきたシステム開発のナレッジと生成AIを組み合わせる生成AI活用開発フレームワークに組み込み,顧客案件において活用している。今後も開発生産性向上をめざし,機能追加と技術の向上に取り組んでいく。
2. ソフトウェアに関連する依存関係可視化ソリューション
自動車の制御がハードウェア中心からソフトウェア中心に移行している。また,OTA(Over the Air)によるソフトウェア更新の実現により,ユーザーによる自動車の機能変更が容易になった。一方で自動車に搭載されるソフトウェアや機能に関連する法規の増加に伴ってシステムは複雑化しており,ソフトウェア更新に関係する法規やシステムとの依存性を,関係者を集めて調査・確認する作業の工数が増加している。
この問題に対し日立は,生成AIを活用し,既存の蓄積データとSBOM(Software Bill of Materials)からソフトウェアの更新管理に関係する複雑な依存関係の情報の抽出・可視化を効率化することで,ソフトウェア更新時に影響する法規やシステム,ソフトウェア間の依存性の調査に掛かる工数を大幅に削減するソリューションを開発した。
今後,SDV(Software Defined Vehicle)のみならず医療装置などの高頻度なソフトウェアアップデートの実現に向け,本ソリューションの実用化を推進する。
3. ネットワーク分散AIの実現に向けた連合学習
AIの進化が著しい現代において,生成AIをはじめとする深層学習ベースAIの構築には膨大なデータが不可欠である。このデータ確保の課題に対し,連合学習は一つの解決策を提示する。
連合学習は,複数の組織内に分散して貯蔵された機密性の高いデータ(エンタープライズデータ)を,プライバシーを保護しつつ効果的に利用することを可能にする技術である。連合学習を実社会に適用するうえでの大きな課題の一つが,学習を不安定化させる組織間のデータ不均衡である。
日立は,データの性質に応じた特化モデルを学習する技術により,この課題を解決した。さらに,このような技術を駆使しつつ,近年注目を集めている生成AIへの活用も含め,連合学習の実社会への実装を推進している。例えば,保険業界において代理店などの別組織に分散して保存されている文章およびデータを,連合学習で疑似的に統合し知見を引き出す活動に取り組んでいる。
4. 生成AIを活用したITシステム障害対応の迅速化
ITシステム運用部門の人手不足が続く一方で,システムの大規模化,複雑化が進み,運用業務の負担が増加している。そこで,業務負担が特に大きい障害対応を,生成AIを活用して支援する二つの技術を開発した。
- イベント一次対処の自動化
運用手順書に従って,ITシステムで発生したイベントが,重大な問題か否かを判定する生成AIアシスタントを開発した。このアシスタントは,手順書に記載された判定条件(自然文)を生成AI活用により解釈し,発生イベントが条件に該当するか自動判定する。これにより,一日に数百件発生するイベントの一次対処に掛かる負担を大幅に軽減できる。 - 障害チケットからのナレッジ生成支援
障害チケットに記録された障害対応記録から,生成AIを活用して,障害原因の特定手順や影響範囲,復旧手順などの重要情報を抽出し,ナレッジ(運用知見)を生成する技術を開発した。これにより,ナレッジ作成の負担を低減でき,効率的な運用ノウハウの蓄積が可能になる。
5. 現場設計資料の学習に基づくAIによる3D自動生成技術
3D(Three Dimensions)モデルは,産業界における設計および保守だけでなく,メタバースやデジタルツインなどの事業でも活用されている。それら事業の成長に伴い,3Dモデルの製作に必要な熟練技術者も増加している一方,世界的に労働者が減少傾向にある中,生成AIによる3Dモデルの作成効率化およびコスト削減が注目を集めている。
そこで日立は,各種設計現場などで蓄積してきた大量の3Dモデルに着目し,それらのデータを学習可能な生成AIモデルの構築手法を開発した。本手法により,ユーザーはラフなスケッチをするだけで3Dモデルを自動生成できる。現場の設計者やエンジニアは今までの類似形状の重複作成から解放され,スケッチで簡単に3Dモデルを作成し,アイデアの検証と改善に専念できるようになる。この3D自動生成技術を活用することで,設計やエンジニアリングの現場の効率化と自動化が一層進み,より持続可能で効率的な生産保全プロセスの実現が加速されると期待される。
6. 日立サポート360を支える生成AIエージェント技術
LLMの主な用途の一つにCS(Customer Support)業務の効率化がある。顧客からの問い合わせに対し,LLMにマニュアルなどを参照させながら回答を自動作成させることで,担当者の工数を削減できると期待されている。
多くの場合,ChatGPT*に代表される汎用LLM自体は,製品仕様などの回答に必要な専門知識を持たない。そのため,問い合わせに関係するテキスト情報をマニュアルなどから自動的に抽出し,問い合わせと併せてLLMに与えることで回答を得るRAGと呼ばれる技法が用いられる。しかし,複雑な問い合わせになるとRAGだけでは正解を導けない場合があり,より強力な技法が必要となる。
そこで日立は,ReActと呼ばれるLLMエージェント技法を,CS業務特有の問題解法や要件に基づき強化した「ReAct for CS」を開発し,日立のサポートサービス「日立サポート360」での社内実証でその有用性を確認した。
今後は,より複雑な問い合わせ対応などの業務への適用も見込んでいる。
7. 異なる種別のデータを相互変換するマルチモーダル基盤モデル
近年,労働人口の減少により,熟練した現場作業者が不足している。この課題に対応するため,現場の保守点検を効率化する目的で,日立は設備の稼働音や時系列センサーデータを活用した遠隔監視および異常予兆診断のソリューションを提供している。
従来のシステムは,異常度が閾値を超えた場合にアラートを発するのみであった。これに対し,稼働音や時系列センサーデータの特徴に基づき,異常検知の根拠をテキストで説明可能なマルチモーダル基盤モデルを開発した。これにより,作業者にとって情報が理解しやすくなるだけでなく,テキストを介した過去事例の検索に基づいて,次の保守作業を行うために適切な情報を提供できるようになると期待される。さらに,この基盤モデルは,テキストで指定された条件に基づく音や時系列の擬似データを生成することも可能である。これにより,実データが得にくい条件をシミュレートした異常検知の性能検証も可能となる。
8. 特化型LLMの開発
多くの企業がLLMの活用を進めているが,一般的なLLMは業界・社内・業務の知識を持たないため,専門業務に適用するには専門知識の入力が必要である。そのため,専門知識を検索しLLMに入力するRAGが活用されるが,RAGはさまざまな要因で失敗することがある。
そこで日立は,業務文書から学習データを生成し,オープンなLLMから特化型LLMを構築する学習パイプラインを開発した。日立が提供するミドルウェアJP1向けのLLMを構築した事例では,JP1認定コンサルタント試験においてベースLLMは正解率43%,他社プロプライエタリLLMでも47%だったのに対し,特化型LLMは58%まで正解率が向上し,さらにRAGと組み合わせることで合格点である70%を達成した。本技術は2024年10月に開始した業務特化型LLM構築・運用サービスでも利用されており,今後は幅広いデータ媒体を扱えるようにするとともに,より限られた計算・データ資源でも専門業務に耐えるLLMを構築できるよう開発を継続する。
9. 生成AIエージェントを活用した強化学習によるサイバーセキュリティ技術
近年,サイバー攻撃は著しく増加しており,2024年には2015年に対して10倍以上の攻撃が行われているとされる。しかし,サイバーセキュリティが高度化する一方で,それを担う人財は不足しており,将来,社会インフラ全体の保全が困難になることも予想される。本研究ではこれらの問題を解決するため,サイバー攻撃の検知,および対処をAIで自動化する技術の開発に取り組んでいる。
本技術は,仮想のITインフラ環境上において強化学習エージェントを設定し,各エージェントに(1)脆弱性発見と(2)防御の役割を持たせ,仮想環境上において経験を積ませることで,より優れた手法を自動的に学習・探索させることができる。さらに,エージェントにLLMを組み込むことで,知識を利用した効率の良い手法探索を行うことができる技術を開発している。これにより,(1)からは未知の脆弱性を,(2)からはその対処方法を人手に依らず発見することが可能になる。
10. 素材産業やバイオ・医療分野における生成AI技術の応用
日立製作所は,生成AI技術を材料開発の領域に適用して,高性能な新規分子構造を自動設計する技術を開発※1)し,「材料開発ソリューション」のサービスの一つとして提供している。より広い分野での応用を見据え,適用範囲を低分子化合物からタンパク質へと拡張し,協創を通じて価値検証を推進している。
例えば,創薬分野では,新しいがん治療法の低コスト・短納期化をめざして,免疫細胞を高機能化する遺伝子改変パターンを設計する生成AIを開発し,実験により最大88%の機能向上を確認した。また,東京大学とのバイオマテリアル分野での協創※2)では,性能試験における動物実験を減らすことを目的として,本技術を用いた生体適合性高分子(人工タンパク質)設計の適用検証を行っている。データ駆動型材料開発にイノベーションを起こし,人と地球にやさしい革新的バイオマテリアル創出に貢献するAI開発に取り組んでいく。
- ※1)
- 日立ニュースリリース
- ※2)
- 日立ニュースリリース
11. 生成AIを用いた発想支援システム
LLMの発展に伴い生成AIの活用は拡大の一途をたどり,新規のアイデアを見いだすためにチャットボットを用いる事例も見られるようになった。しかし,企業活動における他社との差別化の検討など強い独自性が求められる場合には,十分な新規性が得られないことも多い。
そこで,人が着想を創り,生成AIがアイデアとして具体化するという分業により,効率的に独自性の高い新発想を創出することをめざした,生成AIに基づく発想支援システムを開発した。本システムは分野依存性を抑えた類似検索である分野横断検索に基づき,既存文献のデータベースを基に人に発想を飛躍させるヒントとなる単語を提示する。ユーザーが一つを選択すると,それを基に生成AIが新たなアイデア文案を生成する。本システムは多数のアイデア文案を整理する機能も備えており,アイデアの発散と収束のサイクルを繰り返すことで効率的に洗練された新発想が生み出せる。
本技術は今後,「アイデア創出支援サービス」として事業化を進めていく。
12. 生成AI活用による製造業向けナレッジマネジメント
現在,製造業のナレッジマネジメントの過程では,情報のサイロ化と熟練作業者の減少という課題に直面している。これらに対処するため,組織的なナレッジマネジメントを効率化する生成AIのマルチエージェントソリューションを開発した。
暗黙知から形式知を表出化する過程では,フロントラインワーカーやバックオフィススタッフによる生成AIの壁打ちにより,暗黙知から形式知を取り出すとともに,既存の形式知であるドキュメントと照合して,各職種に最適なデータベースの形式へ体系化することを可能とした。連結化の過程では,各職種のエージェントと最適なデータベースの組み合わせで連結して,単体のエージェントの形式知をさらに拡張可能とした。内面化の過程では,拡張した形式知を持つエージェントとのコパイロットにより,効率的に各職種の若手に形式知を継承し,トレーニングを繰り返すことで個人の暗黙知形成を支援した。共同化の過程では,人とエージェントの協調により,集団の暗黙知形成を促進し,次の形式知化の足掛かりとする。以上の開発技術により,個人の暗黙知の形式知化を促進し,生成AIのエージェントを通して,SECI(Socialization,Externalization,Combination,Internalization)モデル※)の好循環を実現することで,情報の共通化と熟練作業者の効率的な育成に貢献する。
- ※)
- 野中郁次郎著:知識創造企業(1996)
13. 動作生成AIを活用したロボットのマルチモーダルデータ収集・活用技術
労働力不足を解決するため,作業の省人化・自動化技術が求められている。フロントラインワーカーの現場と作業は多様かつ状況が時々刻々変化するため,環境に適応して高い精度でタスクを実行できる自動化技術が必要である。そこで,現場作業を学び,ロボットによる自律動作を獲得するモバイルマニピュレータおよびマルチモーダルセンサー活用技術を開発した。
モバイルマニピュレータロボットは,ワーカーの作業動作を獲得するためにロボットを二人羽織のように後方から操作し,作業時の視覚や力覚などのマルチモーダルセンサー情報を高品質に取得する。得られた複数のセンサー情報に対して,環境や作業のその瞬間における重要度を自動的に判定し,重要度に応じてリアルタイムに用いるセンサー情報を切り替えることで,ワーカーがどこに着目し,どれくらいの力をかけて作業をしているかを模倣し,タスク成功率を上げることが可能となる。
本技術により現場作業の省人化・自動化を加速し,社会インフラ領域における労働力不足の解決に貢献する。
14. 生成AI活用による車載カメラ画像説明技術
自動車用のソフトウェア開発の効率化に向けて,車載カメラの映像から交通状況に関する説明文を自動生成するため,生成AIを用いた車載カメラ画像説明技術※)を開発した。
ADAS(Advanced Driver Assistance System:先進運転支援システム)や自動運転などのソフトウェア開発においては,膨大な映像データの目視作業によって必要なシーンを抽出する作業が行われており,作業の長時間化や精度の課題がある。本開発技術では,生成AIがカメラ画像から高速道路,交差点などの交通状況を判断し,「横断歩道を歩行者が渡っています」などの説明文を自動生成する。説明文に基づいて自然言語を用いた検索が可能になるため,映像から必要なシーンを高精度に抽出することができ,時間を大幅に短縮できるという効果がある。
提案技術を用いたサービスは2024年9月より提供を開始しており,自動車,物流,製造などの領域への展開を進めていく。
- ※)
- 特許出願中。記載された特許出願に関する表記は,2024年11月27日時点の状態を示すものである。特許などの状態は,第三者から請求された特許無効審判,権利化手続きの状況などにより,記載時点の状態とは異なる場合がある。
15. LLMを活用したアセットナレッジ自動構築技術
アセットの運用・保全業務の設計・計画・実行の高信頼化,高効率化に向けては,アセットの故障因果など専門知識の構築とそれを活用した自動化ソリューションが重要となる。従来の故障モード影響分析(FMEA:Failure Mode and Effect Analysis)によるアセット知識構築で課題となっていた知識構築工数削減とカバレッジ向上のために,アセット知識の半自動構築技術とツールを開発した。
本技術では,LLMを活用することで,事前学習済みの一般的知識と入力した専門文書内の専門知識から,事前に定義したアセット知識のオントロジーに沿った形で,アセットの機能展開や故障モードなどを導出する。本技術を変電所向け高経年ガス遮断機のFMEA作成に適用した結果,人手で作成した知識量と比較して,5倍の知識項目を構築できた。また生成した知識の正解項目のカバー率を表すRecallは0.66という結果になった。これにより,知識構築の工数を1/3に削減できる見込みである。
16. 生成AIを活用した製品設計知識の構造化技術
製造業における製品開発の効率化は,競争力と収益力を保つうえで極めて重要である。近年,製品をシステム工学的に記述する方法論としてMBSE(Model Based Systems Engineering)が国際標準の地位を獲得しつつあり,日本の製造業においても導入の動きが活発化している。
日立製作所ならびに株式会社日立産業制御ソリューションズは,MBSEを含むシステムモデル作成の効率化をめざしており,生成AIを用いて,設計文書に基づくシステムモデルの自動生成を実現した。ユーザー所望のモデル要素を高精度に抽出できるように,抽出する概念と概念間のつながりを記述しているオントロジーおよび少数具体例からなるインスタンスを生成AI向けのプロンプトに含める手法を開発した。公開されている設計書を用いた検証の結果,システムモデルの作成時間は人手に比べて1/10以下に短縮でき,モデルの抽出精度は60%~90%と実用的であることを確認した。今後は,本技術を活用してシステムモデルの作成支援や製品開発の効率化に貢献していく。