コネクティブインダストリーズ研究開発
1. 産業用製品のCE-Xを実現するデジタルソリューション
持続不可能な「採取・製造・使用・廃棄」モデルのCE(Circular Economy)へのシフトが求められる中,RE-X(Remanufacture, Repair, Reuse, and Recycle)プロセスによる製品ライフサイクルの延長に注目が集まっている。しかしながらこうした取り組みにおいては,データの断片化や可視性の欠如といった課題がある。
日立のデジタル産業用製品の循環性ソリューションは,信頼できるデータレイヤーとRE-Xドメイン特化型AI(Artificial Intelligence)を統合し,これらの課題に対応することでCE-X(Circular Economy Transformation)の実現に貢献する。本ソリューションには,循環型の需要予測,返品予測,コア状態および価値の評価,経済と環境のKPI(Key Performance Indicator)のバランスを取る最適化された販売・運用計画などが含まれる。また,本ソリューションはサプライチェーン上のステークホルダーをつなぎ,バリューチェーンとライフサイクルを通じて製品を追跡し,RE-Xプロセスを最適化したうえで,廃棄物を最小限に抑えて資源活用を最大化するための包括的なKPIを提供する。本ソリューションの有効性は,自動車および鉱業分野のPoC(Proof of Concept)を通じて既に検証されている。日立アメリカは日立のデジタルビジネス部門と連携して本ソリューションをサービスとして提供し,RE-Xマーケットプレイスへと発展させ,700億ドル以上の成長が見込まれるCEデジタルソリューション市場において,日立の各事業部門ならびにグループ企業がRE-Xに最適化された製品を提供できるよう支援するとともに,より持続可能な産業用プロダクトの実現に貢献していく。
(日立アメリカ)
2. EV用バッテリーの循環性を実現するデジタルソリューションフレームワーク
バッテリーの循環利用は,使用済みのEV(Electric Vehicle)用バッテリーの再利用,または新しいバッテリーの製造に利用できる原材料の回収という観点から,バッテリーバリューチェーン構築のうえで重要である。しかしながら,供給可能性の予測,残存価値の推定,リバースロジスティクスコストの最小化,使用済みバッテリーからの価値回収の最大化といった点では,大きな課題が残されている。
日立は,革新的な分析モデルと信頼できるデータプラットフォームで構成されるデジタルソリューションフレームワークを活用し,バッテリーの循環性に関する五つの主要な価値向上要因(安全性,規制遵守,炭素排出量削減,品質,財務)を最適化する,エコシステム価値最適化アプローチを考案した。このソリューションは,使用済みバッテリーの平均輸送コストを現在の輸送方法と比較して11~44%削減し,バッテリーの健全性を誤差率1%未満で推定して,健全性が良好なバッテリーを再利用事業者に振り分けることで回収価値を52~60%向上させることができる。
(日立アメリカ)
3. バッテリーの劣化を最小限に抑える充電ソリューション
内燃エンジン車の代替品としてEVを採用するにあたっては,製品寿命が10年以上あることが重要な条件である。しかし,充放電方法に起因するバッテリーの劣化により,バッテリー寿命がこの要件を満たさないケースもある。そのため,車両寿命と同程度までバッテリー寿命を延長するソリューションが必要になる。
そこで,日立ヨーロッパは,車両の耐用期間中にバッテリーの使用を制御することによりバッテリー寿命を延ばす技術を開発した(図3-1参照)。本技術の特長は以下のとおりである。
- SOC(State of Charge)が高すぎると劣化が加速するため,SOC範囲を最適化した。
- 高SOCに長時間留まることがないように充電スケジュールを調整した。
- バッテリーの特性に基づいて最適な充電電流レートと時間を検討した。
これらの技術を適用する前後でバッテリー寿命をシミュレートした結果を図3-2に示す。シミュレーションの結果,バッテリー寿命を約25%延長できることが分かった。
(日立ヨーロッパ)
4. 電池検査データを活用したプロセスインフォマティクス
モビリティの電化,再生可能エネルギーの主電源化に向け,エネルギー貯蔵デバイスとしてのリチウムイオン二次電池への需要が高まり,世界各地で新工場設立が計画されている。製造時の歩留まり向上には,設計・製造条件の相関性を理解し,精緻に制御する必要があるが,ノウハウ蓄積の少ないサプライヤが最適条件を得るには多大な期間が必要であり,立ち上げ遅延の一要因となっている。
株式会社日立ハイテクならびに日立製作所研究開発グループは,設計・製造条件,中間製品の特徴量,製品性能をデータベースに蓄積し,これらの相関性の機械学習により,工程途中での製品性能予測や最適条件決定を支援するプロセスインフォマティクスを開発している。これまでに,簡易的に取得可能な表面SEM(Scanning Electron Microscope)観察と画像解析の組み合わせで,中間製品である電極シートの構造特徴量を抽出し,これを説明変数に加えることで製品性能の予測精度が向上することを確認した。今後は,電池製造ステークホルダーとの協創による価値検証を経て事業化を図る。
5. 循環型ビジネスへの移行を実現するライフサイクルシミュレータ
日立と国立研究開発法人産業技術総合研究所は,CE社会の実現をめざす共同研究拠点「日立-産総研サーキューラーエコノミー連携研究ラボ」を設立し,グランドデザインの構築,デジタルソリューションの開発,ルール・標準化戦略の策定に取り組んでいる。デジタルソリューションの開発においては,循環経済に対するさまざまな実現手段から,企業にとって最適な手段の選択が難しいという課題を抽出し,これを解決するため,環境負荷および自社とステークホルダー各社の事業性を同時に評価するライフサイクルシミュレータを構築した。
構築したシミュレータは,動静脈全体におけるモノの流れを算出し,これに伴うGHG(Green House Gas)排出量や売上・コストを定量化する。さまざまな循環経済の実現手段をモデル化し,比較することで,最適な循環型ビジネスの構築に活用できる。今後は,日立の製品事業の循環性向上と,産業機械業界などB2B(Business to Business)製品を中心に循環型ビジネスへの移行支援ソリューションを展開していく。
(日立産総研ラボ)
6. 持続可能なモノづくりを実現するライフサイクルデザイン
低環境負荷製品の実現には,LCA(Life Cycle Assessment)を基にした製品設計の改善が求められる。LCAは通常,製品設計後に実施されるため,設計と同時進行で行うことが難しく,環境負荷の低減が困難である。そこで本研究では,製品の企画設計段階でLCAとLCC(Life Cycle Cost),性能を統合的に評価可能なライフサイクルデザインを提案し,既存製品の設計データを参考に環境性を向上させる改善シナリオを提示することで,環境配慮設計DXを支援するツールを開発している。本研究で開発した技術は以下のとおりである。
- ライフサイクルデザインから提示された改善シナリオの要求仕様,設計指標(品質,性能,環境配慮性),設計変数(材質,寸法など)の関連性を生成AIにて抽出し,設計制約や実現案を俯瞰可能にする「設計知識構造化技術」。
- 従来の数値シミュレーション結果を深層学習することで,設計変更による製品性能を従来比50倍程度高速に予測し,複数KPI間のトレードオフを両立する「高速性能評価技術」。
7. 環境回復と脱炭素を両立するブルーカーボンソリューション
日立は,下水道や工場廃水からの適切な栄養塩類の供給により,生物の生育の場であり,炭素(ブルーカーボン)の吸収・貯留源である藻場を維持・拡大し,豊かな海と脱炭素を両立するブルーカーボンソリューション事業の創生に取り組んでいる。
事業創生に向けて立ち上げた,産官学による「ブルーカーボン促進のための栄養塩供給管理プロジェクト」の中で,さまざまな専門性を持つ組織や課題を抱えるステークホルダーとの議論を進めるとともに,多様な要求水質に柔軟に対応する下水処理制御技術,赤潮などの環境状態や炭素貯留に関わる計測システム,適切な栄養塩供給管理を支援するブルーカーボンCPS(Cyber Physical System)の開発を推進中である。ブルーカーボンCPSについては,水理生態系モデルで放流水による流域の栄養塩濃度の変化,環境への影響評価を開始するとともに,ラボでの放流水添加試験と実海域での検証で,海水中の栄養塩濃度が高いほど大型褐藻が生育することを確認した。
今後,多様な関係機関と連携し,海洋環境と生物多様性の回復に寄与するとともに,2050年の脱炭素社会の達成に貢献していく。
8. 2035年におけるリテールサプライチェーンビジョンの策定
ロジスティクスおよびリテール業界は,人口減少に起因する需要縮小や深刻な労働力不足といった課題に直面している。これらの業界に対し,日立は,エンドユーザーの価値観変化の観点をまとめた独自コンテンツ「経済エコシステムのきざし」などを活用して消費者の購買行動や業界構造の変化を推察し,社内外の有識者と共に2035年における業界ビジョンと提供ソリューションを描いた。
業界ビジョンは,消費行動の二極化を示す(1)必需品のライフライン化と(2)購買体験の高付加価値化,労働のあり方の変化を示す(3)担い手・働き方の多様化,最終商品に携わるリテール業界の環境配慮活動に関する(4)製品・資源循環の活性化の四つのシナリオから成り,これらの視点でムリ・ムダ・ムラなくモノと人財の好循環を促す仕組みづくりが重要になると考えている。
今後,業界に向けてイメージ映像などで発信するとともに,賛同する顧客企業との協創を通じて各シナリオの実現をめざす。
9. 情報一元管理プラットフォーム「WIGARES」
産業プラントでは労働者数の減少に伴い,安定操業が課題となっている。そこで,熟練者の業務ノウハウをデジタル化し,非熟練者が業務を遂行する際に,必要な情報をプッシュ通知する情報一元管理プラットフォーム「WIGARES」を開発した。
顧客との協創により,化学プラントにおける異常発生時の業務フローを解析した結果,アラームの発報から数時間で後方プロセスに連鎖拡大する異常を,初期段階で解決する必要があることを見いだした。これに対しWIGARESでは,異常診断システムのアラーム発報時に,マニュアル,図面,事例,Webページなど,多岐にわたる情報から正しい対応情報を特定する熟練者の業務フローが記録されてアラームにひも付き,参照頻度が高い情報を上位に表示する。以降,同じアラームが発生した際には非熟練者に対しても対応情報が通知される。これにより,非熟練者でも従来の約半分の時間で正しい対処法にたどり着くことができ,操業安定化に貢献できる見通しを得た。
10. 局所的な動作姿勢に着目した作業行動認識手法
生産年齢人口の減少が進む中,製造現場では持続的な生産性向上が求められている。これに対し,作業行動認識技術を活用し,作業時間計測によるボトルネック特定や作業ミスの早期検知を行うことで,効率的なプロセス改善やリソースの最適化が実現できる。しかし,従来の行動認識手法では対象の作業データを充分量用意する必要があり,現場導入時の学習データ収集に時間とリソースが割かれていた。
そこで,作業着型センサー※)を用いて少量データで学習可能な作業行動認識手法を開発した。この技術では,事前に体部位ごとの局所的な汎用動作・姿勢を学習した日立独自の基盤モデルを使用しており,現場の作業は汎用動作姿勢の組み合わせとして認識されるため,導入時のデータ準備が最小限に抑えられる。現場を模した少量データ条件下において作業認識精度を評価した結果,基盤モデルの活用により7.4%の作業認識率向上を達成した。少量データで学習可能な方法の実現により,作業認識技術の導入コストが大幅に削減され,迅速な現場活用が期待できる。
11. 変動に対してロバストな生産ラインの設計・運用を実現する工場コンフィグレータ
スマート製造や自動化技術の進化を背景に,成長分野の投資が拡大する中で,生産ラインの構築や更新の需要が増加している。従来の大量生産方式では,同一製品を長期間一定量生産することで計画通りの生産効率を維持することができたが,市場の変化に対応可能な生産ラインの実現には,品種や需要の変化,設備や作業者の能力のバラツキなど,生産変動に追従可能なラインの設計・運用が課題となっている。
この課題に対し,変動に対してロバストな生産ラインの設計・運用を実現する「工場コンフィグレータ」を開発した。本開発では,ライン設計において,設備や作業者などの生産リソースと作業工程の膨大な組み合わせを混合整数計画問題として定式化した数理最適化手法により,最適なライン構成案の高速求解を可能とした。また,ライン運用において,稼働実績の時系列分析に基づく変動予測手法により,対策効果の高いライン更新案の事前生成を可能とした。
工場コンフィグレータの技術を社内外の生産ライン管理者に提供することで,生産ラインの設計・運用における設備投資抑制と機会損失低減の両立に貢献する。
12. 革新的な倉庫自動化を実現する高信頼混載デパレタイズ技術
物流倉庫における労働力の安定確保に向けて,デパレタイズなどの物理的作業の自動化が求められている。そこで,自動化可能な作業を拡大するため,段ボール箱のみならずボトルやトイレットペーパーなどのラップ物品が混載されたシーンでのデパレタイズに対応可能なロボット制御技術を開発した。
多種多様な物品が隙間なく配置される現場では,その物品配置の正確な認識が課題となる。そこで,輝度画像と距離画像を活用し,境界線検出に特化した深層学習に加えてルール型の距離画像処理を組み合わせる認識手法を開発し,作業成功率97.5%を実現した。さらに,抽出した境界線の信頼度を評価し,信頼度の低い物品については遠隔地のオペレータが対処方法を指示するリカバリー手法を開発し,作業失敗を未然に防ぐ高信頼なオペレーションを可能にした。
今後は,実現場での評価検証を通じて作業成功率や境界線信頼度評価の性能を高め,早期の実用化をめざす。
13. 搬送設備間の高効率連携を実現する異種搬送システム同期制御技術
物流・製造などの産業分野では,搬送工程における無人搬送車などの自動化設備の導入が拡大している。そのため,多数のベンダが顧客ニーズに応じて多様な自動化設備を提供する中で,複数設備の高効率な連携を実現するための異種搬送システム同期制御技術を開発している。
本技術では,複数の搬送工程において,それぞれの搬送物を移載作業者にタイムリーに提供するための作業計画を立案する。具体的には,各搬送物の目的地までの所要時間を予測し,移載作業地点と搬送物の到着タイミングを決定することで,作業者の待機時間を最小化する。また,立案した作業計画に対して各作業開始時刻の遅れを発生させないよう,進捗状況に基づく搬送物同士の優先判断を行いつつ,各搬送システムを制御する。
本技術によって高い生産性を実現し,顧客の自動化設備導入における投資対効果の向上に貢献する。今後は,本技術を物流倉庫内の商品仕分けシステムなどに現場適用し,価値検証と早期の実用化をめざす。
14. 新構造オイルフリーベビコンの省エネルギー化技術
株式会社日立産機システムから発売された新型オイルフリーベビコンは,従来より10℃高い環境温度でも安定稼働するロバスト性を実現するため,新たに外周球面形状の「ヒートシールドピストン」を採用した。シリンダ内面と揺動接触する新形状ピストンの省エネルギー性能と信頼性の向上のため,外周接触角,接触負荷荷重,摺動速度を解析し,シリンダオフセットなどの構成について効率の最適値を見いだすとともに,接触部の摩耗予測理論を構築し,摩耗量予測との多目的最適化によって,高効率・低摩耗を両立する。
さらに,ピストンの揺動を利用した内部圧力開放により弁構成を見直し,空気弁の閉じ遅れを防止し,吸い込みポート面積を14%拡大した。これにより圧縮空気の加熱損失,および圧力損失が低減し,吐き出し空気量は従来機比で3%増加したほか,起動性も改善した。また,パッケージタイプにおいては運転間隔に応じてアンロードを制御する新制御を搭載し,消費電力を最大15%低減した。
(2024年4月販売開始)
15. ラジアルギャップ型アモルファスモータ
モータの消費電力量は世界の全消費電力量のおよそ50%を占めており,カーボンニュートラルに向けたモータの高効率化が求められている。日立は,一般的な産業用モータに比べて高速回転が可能で,大幅な高効率化と小形化を実現するラジアルギャップ型アモルファスモータを開発した。
結晶構造を持たない薄板のアモルファス金属は,従来材に対し鉄損を約1/10に低減できるが,硬く脆いため複雑な加工が困難であった。そこで,本開発では鉄心を分割することで単純化し,エネルギー損失が集中するティース部にアモルファス金属を適用する新構造を開発した。さらに,高速化に伴う軸振動および発熱を抑える軸支持構造,冷却構造などを開発し,モータの高速化と高効率化を両立した。空気圧縮機向けに開発した55 kW試作機は,定格回転速度20,000 r/minで効率95%以上(IE5※1)相当)を達成するとともに,従来比1/5の小形化に成功した。
本成果によって,2023年度「NEDO省エネルギー技術開発賞」を受賞した※2)。今後は,本技術を高速駆動の空気圧縮機をはじめとした幅広い産業機器に適用し,省エネルギー化,脱炭素化に貢献していく。
- ※1)
- 国際電気標準会議(IEC:International Electrotechnical Commission)が定めるモータのエネルギー効率国際規格で最も高いレベルのもの。
- ※2)
- 本研究の一部は,国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO:New Energy Development Organization)の脱炭素社会実現に向けた省エネルギー技術の研究開発・社会実装促進プログラム/超高効率用役系駆動システムの開発の一環として実施されたものである。
16. 半導体ウェーハの低段差欠陥を検出するレーザー微分干渉計測
世界的に旺盛なAI関連投資を背景に,半導体市場は継続的に伸長しており,市場を支える半導体デバイスおよびその材料となる半導体ウェーハの安定供給の重要性が増している。その製造ラインでは,歩留まり向上のために光学式検査装置が活用されている。
株式会社日立ハイテクのLSシリーズは,ウェーハ表面にレーザー光を照射し,微小異物からの散乱光を検出することで検査を行う。しかしながら近年,従来の散乱光検査では検出困難な低段差欠陥※)の検査ニーズが高まっている。そこで,低段差欠陥検出を実現するため,レーザー光を偏光分離素子で2分割し,その干渉信号を検出する光学系,および干渉信号に基づいて欠陥形状を復元するアルゴリズムから成る微分干渉計測システムを開発した。本システムにより高さ数nmの低段差欠陥の検出が可能であることを確認し,2024年3月に発売されたLS9300ADに搭載した。
- ※)
- ナノメートル単位の高さ,マイクロメートル単位の幅にわたって緩やかに変位する欠陥。
17. 半導体の生産性向上に貢献するインライン電気・材料特性計測技術
半導体製造の工程数増加が加速しており,生産性の向上が急務となっている。従来は,SEM技術を応用した寸法計測や異物検査が製造ライン中で実施され,生産の安定化に重要な役割を担ってきた。しかし,近年のデバイス構造の三次元化や材料の多様化に伴って,従来の製造ライン中の検査計測では検知できないウェーハ内部回路や材質における欠陥が増加しており,新しい検査計測技術への期待が高まっている。
このニーズに対応するため,試料にレーザーを照射し,電子線と光の照射に対する応答から電気特性や材料特性を検査計測するLA-SEM(Laser-assisted SEM)を開発している。本技術により,静電容量をはじめとする電気特性の計測や,材料の特性変化を反映したコントラストの取得を実現した。具体的には,例えばSiO2膜に対するプラズマ処理ダメージを定量計測できる。今後も先端半導体の製造工程管理の高精度化に向け,製造ライン中に取得できる計測指標の拡充を図っていく。
18. サブナノメートル単位のCu電極の高さ計測
半導体集積の三次元化とともに,ハイブリッド接合プロセスの導入が進められている。このプロセスでは,ウェーハ表面に,数ナノメートル程度の段差を有するCu電極パターンを形成し,これらを直接貼り合わせることで,2枚のウェーハ間の高速かつ高密度な電気接続を実現する。Cu電極の接続状態はパターンの段差量に依存するため,この段差量を量産現場で高精度に計測する技術が望まれている。
このニーズに対応するため,四つの方位角に配置された反射電子検出器を持つSEMを用いた,低段差部の高さ計測技術を開発した。具体的には,サンプル表面の傾斜角度と反射電子の関係を実機の特性を考慮してモデル化し,複数の検出器画像の陰影情報から高さに相関のある指標を導出した。ベルギーの国際研究機関imec※)と共同で性能評価を行い,Cu電極の段差量をサブナノメートルの精度で計測できる見通しを得た。
今後,Cu電極の高密度・微細化が進み段差量の管理は重要度が高まると想定される。ハイブリッド接合プロセスの開発および管理に有用な評価指標となるべく実用化を推進する。
- ※)
- ベルギーのルーヴェン市に本部を置く世界最大級の半導体研究開発機関。各国大学や企業と連携しリソグラフィ技術や太陽電池技術,有機エレクトロニクス技術など次世代エレクトロニクス技術の開発に取り組む。
19. 薬剤耐性菌の脅威に立ち向かう迅速感染症検査技術
抗菌薬が効かない細菌,薬剤耐性菌への対策が世界的に急務となっている。薬剤耐性菌を抑制するためには,細菌感染症の治療において,菌の種類に応じた適切な種類の抗菌薬を投与することが望ましい。これまでは,培養によって菌を増殖させて検査を行うため,菌の種類を特定するまでに2日程度必要であった。
日立は検査を迅速化するべく,遺伝子を用いた高感度迅速検査技術を開発している。これまでに開発した技術は以下のとおりである。
- 表面プラズモン共鳴による加熱と,圧縮空気での強制空冷によって迅速に菌の遺伝子を増幅するPCR(Polymerase Chain Reaction:ポリメラーゼ連鎖反応)技術
- 増幅した遺伝子を,マイクロ流路内で発生する対流で迅速に検出スポットに結合させ,対象遺伝子の有無を蛍光で検出する流路型マイクロアレイ技術
今後,これらを組み合わせ,検査当日中に菌の種類を特定する技術を医療現場に提供することで,抗菌薬利用の最適化に貢献していく。
20. 核医学治療向けアクチニウム225の大規模製造および研究用サンプルの提供
アルファ線核医学治療は,がん細胞を攻撃するアルファ線を放出する放射性同位元素と,がん細胞に特異的に集積する薬剤とを結合させた放射性医薬品を用いる新しいがん治療である。この治療用の放射性同位元素としてアクチニウム225(Ac-225)が有望だが,世界規模で供給量が限られており,大規模製造の早期実現が望まれている。これまでに日立は,電子線形加速器を利用した高効率・高品質なAc-225製造手法の開発に取り組んできた。
今回,東北大学との共同研究により,原料となるラジウムの取り扱い技術および加速器の照射システムを開発し,研究用に十分量となる50 MBqのAc-225製造を実証して,製薬企業や研究機関向けにサンプル提供を開始した。また,国立研究開発法人国立がん研究センターとの共同研究により,製造したAc-225が非臨床研究に十分な品質であることを確認した。今後,サンプル提供先企業や研究機関との共同研究などを通じて本製造技術の早期実用化をめざし,がんの克服およびがん患者のQoL(Quality of Life)の向上に貢献していく。
21. ゼロエネルギービルの実現に向けたエネルギーシミュレーション技術
中国の建築業界の消費エネルギーは,同国における年間エネルギー消費量の46%,年間CO2排出量の51%を占めている(2020年)。建築によるエネルギー消費量とCO2排出量の削減を推進することは,中国政府が掲げるデュアルカーボン目標※)達成のために極めて重要である。こうした状況下において,ビルパフォーマンスシミュレーションは,建物のエネルギー消費量を定量的に分析し最適化するうえで重要な役割を果たすデジタル技術である。日立は,自社の電気製品,ビル管理システム,AIを総合的に活用し,断熱性,ダイナミック空調出力,人流,照明,設備といったさまざまなダイナミック熱負荷を考慮した建物のデジタルツインを用いて,動的エネルギーの生産と消費をシミュレートするビルシミュレーション技術を開発した。これにより,人々の快適性を損なうことなく,エネルギー消費量を最小化し,電力コスト削減に向けた機器運用制御戦略の評価と最適化を行うことが可能となる。またこの最適化サイクルには,過去の運用データに基づくAI予測技術も組み込まれている。
本シミュレーション技術と日立のビルソリューションを組み合せ,ゼロエネルギービルの実現をめざしている。
[日立(中国)有限公司]
- ※)
- 2030年までにCO2排出量を減少に転じさせ(カーボンピークアウト),2060年までにCO2排出量ゼロ(カーボンニュートラル)をめざす政策。
22. 低環境負荷の植物性資源を用いたバイオマス複合材料の開発
石油由来のプラスチック材料に起因する環境汚染が社会問題となり,低環境負荷の代替材料として植物性多糖類と樹脂をブレンドしたバイオマス複合材料が注目されている。多糖類を含む複合材料では,多糖類/樹脂間の界面破壊により衝撃強度が低下するため,界面密着性の向上が課題となる。
本研究では,多糖類の代表例として澱粉に着目し,澱粉と各種樹脂間に形成される界面の分子レベルの密着状態をMD(Molecular Dynamics:分子動力学)シミュレーションにより評価する手法を考案した。その結果,澱粉に対して高い密着性を示す樹脂を抽出し,その原因となる化学構造を特定した。また,樹脂に会合することで高い密着性を示す,澱粉のエステル変性構造を導出した。シミュレーションにより好適と予想したレシピにて材料を作製した結果,澱粉/樹脂間の界面破壊が抑制され,衝撃強度が約2.5倍に向上することが確認された。本研究で得られた分子レベルの設計知見は,構成材料間の相性が課題となるさまざまなバイオマス複合材料のレシピ導出に有用であり,その適用拡大に貢献すると期待される。
23. エレベーター施工向け 自動据付ロボット
高所かつ狭隘空間で重量物を扱うエレベーターの施工は,作業者への心理的・肉体的負担が大きい。その中で,ガイドレールの据付作業はかごの乗り心地に影響を及ぼすため,高精度な位置決め作業が求められる。日立は,産業分野で培ったメカトロニクスやロボティクスの技術を活用したガイドレールを自動的に据付するロボットを開発しており,自動化による作業者の負担軽減や安全性向上をめざしている。
ガイドレール据付作業では,昇降路内に鉛直に敷設したピアノ線との相対距離を用いて位置決めを行い,昇降壁に一定間隔で支持部材を用いてガイドレールを取り付ける。据付ロボットは,アームと独自に開発したピアノ線位置検出センサーを用いて,ガイドレール支持部材の位置合わせ・昇降路壁面の穴あけ・ねじ締めによる固定作業を繰り返し実行する。このとき,エレベーターの乗り心地を向上するためには,昇降路内における据付ロボットの位置や姿勢を正確に把握することが重要である。開発したピアノ線位置検出センサーは,直交する二方向からカメラでピアノ線と画像情報を取得し,細いピアノ線とセンサーとの相対位置を算出可能である。そして,これらの情報からロボットのアームの動作指令を生成することで,ガイドレールの高精度な位置決めと,昇降壁への支持部材取り付けを実現する。
今後,本据付ロボットを実際のフィールドで検証し,安全・高効率な施工現場の実現に貢献する。
24. 次世代標準型エレベーターのデザイン
多様化・細分化する利用者のニーズに対し,次世代のグローバルスタンダードとなる標準型エレベーターのデザインをめざして,世界的なプロダクトデザイナーの深澤直人氏が代表を務めるNAOTO FUKASAWA DESIGN LTD.との協創により,標準型モデル「アーバンエース HF Plus(エイチエフ プラス)」を開発した。本モデルは,2015年発表のフラグシップモデルHF-1において実現した,「華美な意匠による情報提供や造形表現を徹底排除し,誰もが無意識に移動できる“真の心地よさ”」を踏襲している。
コスト競争力が求められる標準型において,細部までデザインにこだわることのできるオーダー品に引けを取らない,多様なニーズに応えられる標準型エレベーターの新しいスタンダードの確立をめざした。高い柔軟性と美観を両立させたデザインが国内外で高く評価され,iF Design Award 2022(独)をはじめ国内外の著名なデザイン賞ほか5冠を達成した。
25. ビルソリューションプラットフォームBuilMiraiとサービス基盤運用技術
ビルソリューションプラットフォームBuilMiraiでは,マイクロサービス構成を採用することで,ユーザーの要求に応じて柔軟な構成でサービスを提供している。一方で,マイクロサービス構成によりクラウドや現場端末という複数環境に機能が分散しているため,分散した機能を組み合わせて動作するサービスの稼働状態や障害の把握が課題となっている。これに対し,日立は複数環境にまたがって動作する複雑なサービスの監視を可能とするE2E(End to End)監視技術を開発し,信頼性の高いサービス提供をめざしている。
E2E監視技術では,サービス構成の変化に対応して機能の呼び出しを追跡するトレース技術に加え,クラウドと現場端末との環境間で呼び出し順序情報を受け渡す[図内(1)]ことで,環境を越えた追跡を可能にする。これにより,クラウドと現場端末での処理が一連の情報として結び付けられ[図内(2)],この情報を分析することで,複数の環境にまたがる複雑なサービスの稼働状態や障害を監視できる。
本技術により,ユーザーの要求に応じて複数の環境に分散したサービス構成となるビルソリューションに対して,稼働状態や障害の監視を可能とし,信頼性の高いサービス提供に寄与する。
26. クラウドから空調消費電力を制御する「exiidaデマンド」
日本政府は,地球温暖化対策として,2030年度に温室効果ガスの46%削減(2013年度比)をめざすと表明している。日立はオフィスビルの消費電力のうち,空調機の占める割合が大きいことに着目し,クラウドからビル用空調機を制御して消費電力を調整する手法を新たに開発した。
従来の制御手法では空調機を停止させて消費電力を抑制する方法が多く採用されていたが,快適性の劣化が大きく,正確な電力調整ができないという課題があった。今回開発した手法では,空調機の各室内ユニットから得られる室温情報,消費電力,気象情報などに基づき,AIを用いて消費電力を予測しながら制御することにより,快適性を保ちながら正確な消費電力調整を行うことが可能となった。
本技術は,顧客の電力料金の削減に貢献する日立グローバルライフソリューションズ株式会社のIoT空調サービス「exiida遠隔監視・デマンド制御ソリューション」に適用されている。
27. トップランナー新基準達成を実現する給湯機用CO2スクロール圧縮機の高効率化技術
家庭で消費されるエネルギーのうち27%は給湯に使用されており,カーボンニュートラル実現のためには給湯機の省エネルギー化が重要である。日立では環境に配慮したCO2冷媒を用いた家庭用ヒートポンプ給湯機(エコキュート)を販売しているが,特に電力消費の80%を占める圧縮機の性能向上が重要となる。
圧縮機の高効率化を低コストで実現するため,大きな構造変更を行うことなく高効率化が可能な,吐出圧力損失および旋回スクロール鏡板外周部での油撹拌損失の低減に取り組んだ。吐出圧力損失低減については,固定スクロールの中央部歯先に切り欠きを,旋回スクロールの鏡板中央部にザグリ穴を設けることで,吐出流路面積を最大化した。油撹拌損失低減については,旋回スクロール鏡板外周部と相対する固定スクロールおよびフレームの外周部に油圧縮防止溝を設けることで,油の噛み込みを抑制した。
本構造により圧縮機効率が冬期65℃の条件下で1.4%向上し,2024年11月に日立グローバルライフソリューションズ株式会社より発売されたエコキュート2機種に採用された。