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ハイライト

本稿は,電力系統における柔軟性の概念と,低炭素社会における重要性を探るシリーズの第2回である。第1回と同様,アーヘン工科大学Institute of High Voltage Equipment and Grids, Digitalization and Energy Economics(ドイツ)のAlbert Moser教授,日立エナジーGlobal Head of Market InnovationのJochen Kreusel,日立エナジーManager of Power Systems of the FutureのAlexandre Oudalovが,電力系統の柔軟性を提供するうえで中核となる技術について考察し,将来の柔軟な電力系統の全体像について述べる。

目次

柔軟性の四つの側面

図1|将来の電力系統の先進的全体像図1|将来の電力系統の先進的全体像短期および長期の柔軟性ソリューションを統合した将来の電力系統の全体像を示す。

第1回の記事では,電力系統は柔軟性を備えることで変動と不確実性に対処できるようになると述べた。変動と不確実性という二つの要素は,電力系統が天候に左右される再生可能エネルギーへの依存度を高めるにつれ,ますます不可避のものとなっている。残余需要の管理の重要性と複雑性がかつてなく高まる中,将来のクリーンな電力系統における急速な変動への対応の核となるのが柔軟性ツールである。

柔軟性ツールを取り巻く技術についてさらに掘り下げたところ,供給側の柔軟性,需要側の柔軟性,電力貯蔵,動的に制御可能な電力系統という四つの側面が見えてきた。本稿ではこれらについて解説する。これら四つの側面の可能性と相補性を最大限に引き出し,理想的かつ協調的な応答を実現するためには,高度なデジタル技術が不可欠である(図1参照)。

供給側の柔軟性

発電側では,変動性が高いフローで電力を生産する太陽光発電所や風力発電所のような再生可能エネルギー資産により,高度に制御可能かつ調整可能な従来の発電系統は終焉を迎えつつある。これまでは発電所の管理者が電力供給量を決定していたが,今後,電力供給量は需要の高低とは関係なく,気象条件の影響を受けやすくなると考えられる。

最大の課題は,再生可能エネルギーによる発電量変動と電化によって増大している需要変動の管理である。送配電事業者にとって,電力の需給が釣り合っていない状態が常態化することは周波数安定性上の大きな課題であり,混雑時にはさらに事態が悪化すると見込まれる。

発電量が過剰になった時には太陽光発電所や風力発電所を抑制するなど,系統運用者が変動する電力出力を管理するためには,デジタルツールが必要不可欠である。こうした管理は適切なタイミングでかつ適切な場所で実施しなければならず,その判断には徹底的に分析されたデータが求められる。

将来的には,グリーン水素やアンモニアなど,持続可能な燃料に基づく革新的なカーボンゼロの代替発電技術の登場により,供給側の柔軟性は高まると予測されている。これらは再生可能エネルギーによる発電の予備発電として機能し,多くの場合,化石燃料ベースの予備発電機を置き換えることになるだろう。このような新しい発電源はクリーンな電力の供給に役立つとともに,前回の記事で述べた砂嵐や集中豪雨のような悪天候時にも,蓄電池の短期的な能力を補うものとなる。

需要側の柔軟性

電力系統の柔軟性ソリューションは,発電側だけでなく電力網にも適用される。配電網における混雑管理は,急増する分散型再生可能エネルギー量(多くは,住宅の屋根に設置された太陽光パネルによるもの)をシームレスに連系し,EV(Electric Vehicle)の充電やヒートポンプなど,同時期に普及し始める可能性が高い新しいタイプの負荷を配電網に組み込むのに役立つ。

EVやヒートポンプは,バッテリーや断熱水槽にエネルギーを貯蔵しておける特性上,柔軟性を備えている。EVは柔軟な充電が可能であるのみならず,非常時にはバッテリーを放電することによって系統に電力を供給することもできる。このような可能性を引き出すカギは,車載または電力系統に組み込まれた双方向充電器と,効率的なデータ交換,最適な制御を可能にするデジタル接続である。

需要側の柔軟性の管理は,特に住宅レベルにおいて,アグリゲータが担うケースがますます増えていくと考えられる。アグリゲータは需要側と供給側の間に立ち,多数の小規模なプロシューマー(電力生産者兼消費者)の発電と消費を取りまとめて柔軟性サービスとし,調整力市場や予備市場,前日市場,当日市場にDR(Demand Response)手段を提供することによって商業化できる。

現在,アグリゲータは予備力市場に対し,不測の事態の予備策として機能するDRサービスを提供している。欧州の最も大きい市場の一部では,小規模かつ柔軟な予備力のさらなる活用に向けて,予備力市場の入札への参加が認められる設備の容量下限が従来の5 MWから1 MWに引き下げられた。将来の電力系統ではこのようなサービスがさらに増えていくと見込まれる。

電力貯蔵

電力貯蔵は,短期(数秒〜数時間)から長期(数日〜数週間)までの柔軟性を提供するうえで重要な役割を果たす。一方で,プロシューマーからの負荷や電力供給を管理するのにも役立つ。需要と供給のシフトを可能にする電力貯蔵の能力が,実用的で柔軟な将来の電力系統を実現するカギとなると考えられる。一部の市場では,EVバッテリーや温水タンクのネットワークなど,ローカルなソリューションが電力貯蔵のために活用されている。

従来の電力市場で電力貯蔵の能力を担っていたのは,主に揚水式水力発電所であった。その巨大な貯水池は,供給過剰時には電力を用いて,山の下部にある貯水池から上部にある貯水池へポンプで大量の水を汲み上げておき,電力需要が高まるとそれを落下させて発電タービンを動かし,電力を生み出すものである。

中国の国家エネルギー局は,揚水発電プロジェクトの開発を優先的に推進している。この構想は,電力系統の柔軟性を高め,特に,増加を続ける風力発電や太陽光発電を連系するために極めて重要である。中国は2021年に策定された戦略計画に従い,揚水発電の蓄電容量における重要なマイルストーンの達成をめざしており,2025年までに設備容量62 GW,2030年までに120 GWを達成するという目標を掲げている。これらの取り組みは再生可能エネルギーのインフラ整備と電力系統最適化への中国の熱意を示すものである。

今後も水力発電は,電力系統の柔軟性を提供するうえで重要な役割を果たすと見られる。例えば,ノルウェーの自然流入水による水力貯水池は,海底ケーブルで結ばれている近隣諸国の断続的な風力発電のバランスを取るための柔軟性ツールとして機能している。中でも,ドイツとノルウェーの電力市場を結ぶNordLink国際連系線1)は,再生可能な太陽光発電,風力発電,水力発電の連系と国際取引を可能にしており,柔軟性リソースを地域間で共有するうえでの系統連系の重要性を示している。これについては次章で詳述する。

電力貯蔵ソリューションの提供において,目下注目すべきなのはBESS(Battery Energy Storage Systems)である。リチウムイオンは現在導入が進んでいる主要な蓄電池技術である。定置型の大規模なBESSはEV用バッテリーと比較して,対応可能なバッテリー技術の種類においても,エネルギー密度の点においてもより柔軟性が高い。この柔軟性によりサプライチェーンの適応性が向上し,EVバッテリーの二次利用の可能性が開ける。
しかしながら第1回の記事でも論じたとおり,現在の電力貯蔵技術は,過酷な気象現象によってもたらされる課題に対応するための,季節的な柔軟性をカバーできるものではない。現在の蓄電池の用途は,数時間の放電に限られている。

風が吹かず日照も少ない期間が長期にわたって続き,それが電力需要の高まる冬の寒波と重なることも珍しくない。こうした状況に低炭素な電力系統はどのように対処するのか。この問題は多くの専門家を悩ませているが,今のところ明確な答えは出ていない。

長期的な電力不足に対処するには,大量のエネルギーを低コストで貯蔵できる技術が必要になる。前述したグリーン水素やアンモニアなどの技術は注目のソリューションの一部であるが,その効率の限界と多額のイニシャルコストが普及の障壁となっている。

制御可能かつ相互に連系された電力系統の必要性

制御可能かつ相互に連系された電力系統が重要な役割を果たすというのが,筆者らの共通の見解である。堅牢に連系された電力系統に蓄電容量を統合することは,広範囲での需給シフトを可能にすることから,将来の低炭素で柔軟な電力系統のアーキテクチャの重要な柱となる。気候的,地理的,時間的に多様な場所と連系するほど,電力系統の柔軟性は高まる。例えば,太陽光発電に依存している地域の日照量が予想より少なかった場合,遠く離れた洋上風力発電が稼働している沿岸地域から電力を輸入して補完できる。

相互に連系された電力系統は,柔軟性資源の共有に優れているため,孤立した市場の能力を上回る。実際,十分な連系性を持つ電力網では,再生可能エネルギーの変動を広い地域により効果的に分散させることができるため,柔軟性対策の必要性が低下する。電力市場の連系性を強化することは,電力系統の柔軟性を高めるための最も費用対効果の高い戦略として浮上している。孤立した電力系統の方が高コストになることはさまざまな研究論文によって一貫して示されている。これは,再生可能エネルギーによる発電容量が十分に利用できず,場合によってはこの発電容量を抑制する必要があるためであり,また,孤立した電力系統では多くの場合,余分な電力貯蔵設備が必要になるためである。

EU(European Union)では,2030年までにすべての加盟国の国際連系容量をその国の発電能力の少なくとも15%とすることが域内の電力市場規則で義務付けられている。さらに,2025年末までにEUの送電網運用者は国際連系容量の少なくとも70%を日々の電力取引で利用できるようにすることが義務付けられている。しかしながら,欧州の送電事業者の現状はこの目標を下回っており,EUのエネルギー規制機関であるACER(Agency for the Cooperation of Energy Regulators)は近頃,欧州の電力の消費者価格が上昇する恐れがあると警告した2)

図2|EU27か国の発電設備容量に占める国際送電容量の割合図2|EU27か国の発電設備容量に占める国際送電容量の割合EUの2030年連系目標を下回っている国を濃いグレーの網掛けで示す。

国際連系線は,単に送電を強化するだけのものではなく,需要の落ち込み部分を統合し,それによってオフテイカーが余剰の再生可能エネルギーをより効率的に利用できるようにするとともに,追加電力に対する明確なニーズにも対応する。この機能は人口密集地域において特に有用である。例えば,近年カナダと米国の間に建設されたHVDC(High Voltage Direct Current)連系線3)は,カナダのケベック州と米国ニューヨークの都市圏間で再生可能エネルギーの供給を可能にする。

市場間の連系は,スポット市場にサービスを提供するために重要であるだけでなく,予備力市場においてもますます有用な手段となっている。近隣諸国から予備力を調達する能力は連系市場全体のエネルギー安全保障の強化を意味し,国際連系線は予備力市場の重要な柔軟性ツールとして位置付けられる。

EU内では複数の重要な国際連系プロジェクトが進行中であり,今後,それらの国々の柔軟性,ひいては域内電力市場全体の柔軟性が大幅に向上すると見込まれる。注目すべき例として,英国−フランス間の連系線4)は,両国の電力網の強化と再生可能エネルギーの連系をめざしている。

同様に,スペインとフランスを結ぶ新しい海底HVDC国際連系線5)は,スペインの再生可能エネルギー電力の中欧および北欧への送電を容易にする。

これらの計画は,電力系統全体の柔軟性を高めるためには送電網内の柔軟性を高める必要があるという重要な側面を示している。

従来,交流送電線はインピーダンスが最も小さい経路に従って電気を分配していた。しかし,将来の電力系統では新たな方向への送電が必要になる。例えば,ドイツは歴史的にも南欧への電力純輸出国であった。しかし,地中海周辺では太陽光発電と風力発電の設備容量の急増が見込まれており,電力の流れは南から北へと大きく変化すると予想される。

エネルギーを取り巻く情勢が進化し続ける中,高度なパワーエレクトロニクスによる動的で柔軟な潮流調整はますます重要となる。HVDC技術6)は電子の流れを効率的に制御して必要な場所に送ることで送電を最適化し,再生可能エネルギーの抑制を最小化できるため,送電網の近代化において重要な役割を果たす。

電力系統の柔軟性を高める基盤としてのデジタル化

図3|デジタル技術が電力系統の柔軟性向上に果たす主な役割図3|デジタル技術が電力系統の柔軟性向上に果たす主な役割

これらすべての変化に共通するのがデジタル化7)である。デジタル化は柔軟な低炭素電力システムを実現する重要な要素の一つであり,高速なコンピュータや信号検出,スマートなアルゴリズムによるデータの収集と利用といった技術,そして高性能かつ安全な通信システムがなければ,エネルギー転換を推進することは不可能である。デジタル化は,エネルギー市場に対する精度,洞察,制御力を高め,業界の自律性を向上する。

また,デジタル化には,将来の低炭素電力系統に必要なさまざまな柔軟性技術を融合してつなぐ役割もある。連系された電力系統の中でそれぞれの付加価値を発揮する,蓄電池,国際連系線,DRツールといった技術を調整するためにも,デジタルが不可欠である。最も効率的な電力系統の計画,需要と供給のニーズの予測,不測の事態に最適に対応するためのリアルタイム運用監視など,低炭素電力系統への移行に向けたさまざまな段階において,デジタルツールが必要になる。送電事業者にとって,さまざまな柔軟性ソリューションの効率を最大化する最先端のデジタルツールに投資することは重要である。

柔軟な電力の未来

前述したように,低炭素電力系統の柔軟性対策を強化するために利用できる技術は多く存在している。各市場には,技術の選択に影響を与えるレガシーに基づく多様な特性があるが,電力系統の安定化のためには,さまざまなソリューションを組み合わせることが最善の方法であると筆者らは考えている。柔軟性に関しては,どのようなケースにも通用する万能のソリューションは存在しない。

これまでに述べたすべての要素を踏まえて,デジタル技術を活用した柔軟な電力系統とはどのようなものになるだろうか。

実際には,電力系統の柔軟性に関するニーズとソリューションは世界の地域ごとに異なり,その地域の地理的条件と電力系統の仕様によって決まる。

欧州では,気候変動目標を達成しながらエネルギー安全保障を強化し,電力系統資産の効率を最適化するために,電力系統の柔軟性を高める取り組みが加速している。この傾向は今後数年間で世界的にも勢いを増すと予想される。

韓国や日本のように,電力市場が比較的孤立している国では,電力貯蔵と強力な地方電力系統の組み合わせが柔軟性の主な要素となるだろう。

また,今後数年間で再生可能エネルギー生産に100%依存することを計画している地域の取り組みも注目される。例えば,サウジアラビアのカーボンニュートラル都市NEOMは,電力供給のすべてを太陽光発電と風力発電でまかなうとしている。NEOMの電力系統の主な課題は,太陽光発電の日内変動ではなく,稀に数日間続くこともある砂嵐が太陽光パネルに与える影響である。太陽光の発電量が低下する期間が長くなると,持続的な柔軟性ソリューションが必要になる。これは,揚水式水力発電や蓄熱による長期間の電力貯蔵,より広範囲な国内電力系統の連系によって実現可能である8)

高度に連系された地域における電力系統の柔軟性は,本稿で述べた需要側の柔軟性,供給側の柔軟性,電力貯蔵,制御可能な電力系統という四つの要素を網羅する。こうした多様で地理的に分散したエネルギー源の調整と最適化は複雑な課題であり,そこでは高度なデジタルソリューションが必要となる。持続可能な未来の電力系統における柔軟性の重要度が高まることで,柔軟性は市場ベースの重要なサービスとして注目され,柔軟性を提供するさまざまな事業者に恩恵をもたらすだろう。

重要なのは,デジタル技術を活用した柔軟な電力系統における課題に対処するためには,送電網のインフラを最優先で適合させる必要があるということである。

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