国連が提唱するSDGsでは,七つ目の目標として,「すべての人々に手ごろで信頼でき,持続可能かつ近代的なエネルギーへのアクセスを確保する」ことを掲げている。これを実現するためには,クリーン燃料とクリーン技術へのアクセスを世界的に拡大するとともに,建物や輸送,産業における最終用途に向けた再生可能エネルギーの統合をさらに前進させる必要がある。
鉄道分野においても,将来的なエネルギーの多様化や二酸化炭素排出量の削減が求められている。これに対し,日立は燃料電池を活用した駆動システムを東日本旅客鉄道株式会社ならびにトヨタ自動車株式会社と共同で開発し,実証実験を進めている。
本稿では,燃料電池を活用した試験車両FV-E991系のシステム構成,搭載機器,制御技術を紹介する。
この度,東日本旅客鉄道株式会社とトヨタ自動車株式会社および日立製作所は,将来的なエネルギーの多様化や二酸化炭素排出量の削減に向けて,水素燃料電池を活用した試験車両FV-E991系を共同開発した。本開発においては,東日本旅客鉄道の鉄道車両の設計・製造技術に加え,同社と日立製作所が共同開発した鉄道用ハイブリッド駆動システム関連技術,そして燃料電池自動車や燃料電池バスの開発で培われたトヨタ自動車の燃料電池技術を融合させ,自動車分野で実用化されている燃料電池を鉄道へ応用することにより,自動車よりも大きな鉄道車両を駆動させる高出力システムを実現した1) 。
試験車両FV-E991系の車両外観を図1に,主要諸元を表1にそれぞれ示す。また,燃料電池ハイブリッドシステムの仕組みを図2に示す2),3),4),5)。
水素タンクに充填された水素は,燃料電池装置へ供給され,空気中の酸素との化学反応により発電する。主回路蓄電池は,燃料電池装置からの電力とブレーキ時の回生電力により充電される。VVVF(Variable Voltage Variable Frequency)インバータ装置は,燃料電池装置と主回路蓄電池の両方からの電力で主電動機を動作させる。また,補助電源装置(SIV:Static Inverter)もVVVFインバータ装置と同様に,燃料電池装置と主回路蓄電池の両方からの電力により三相440 Vを作り出し,空調装置やコンプレッサおよび室内灯用電源などに供給する。
FV-E991系の力行性能は,仙台地区で運用されているディーゼルハイブリッド鉄道車両であるHB-E210系相当として設計した。力行引張力特性(満車,16 t/両時)を図3に示す。3‰の上り勾配における均衡速度は,100 km/h以上を確保した。また,25‰上り勾配における均衡速度は約65 km/hである。
主回路システムは,燃料電池装置,FCHB(Fuel Cell High Speed Current Breaker:燃料電池高速度遮断器),主回路蓄電池,VVVFインバータおよび補助電源装置(SIV+トランス・フィルタ回路)などから構成される。主回路構成は,冗長性を考慮し,群ごとに独立の1C2M※3)×2群構成とした。1群分の主回路構成の主回路ツナギを図4に示す。また,SIVは,機器故障が発生した場合にも車両の運行および車内サービスを継続可能とするため,待機二重系方式とした。SIVの群切替は,三相切替器(3phCGS)で行う。稼働群のSIVからインバータトランス(IvTR)を介して各機器へ電力を供給する。なお,VVVFインバータとSIVのフィルタコンデンサ間における共振電流対策として,充電回路を共有化し,両装置を直結させる構成とした。燃料電池装置は,FCHBを介して主回路に接続される。燃料電池システムの回路で過電流が発生した場合は,保護動作によりFCHBを遮断する。
燃料電池装置の外観を図5に示す。1箱当たり,2台の燃料電池システムモジュール(60 kW/台)を備え,燃料である水素と空気中の酸素から電力を生み出す。また,本燃料電池装置には昇圧チョッパが内蔵されており,スタックの電圧を昇圧することで主回路システムの直流電圧に応じて安定的な発電が可能となった。なお,これらの機器における冷却方式は水冷である。
また,燃料電池装置は水素検知器を内蔵しており,燃料電池装置内の水素漏洩を検知可能とした。
燃料電池システムモジュールをはじめとする各コンポーネントには,燃料電池自動車用の機器を適用しており,設計・供給はトヨタ自動車が担当した。機器箱としての各コンポーネントや配管のレイアウト設計および製作は,トヨタ自動車のサポートにより日立が担当した。燃料電池装置は1台で1群分であり,編成でTzc’車に2台搭載した5) 。
電力変換装置の外観を図6に示す。VVVFインバータとSIVの一体型パワーユニットを2群分,交流フィルタ[ACL(Alternating Current Reactor),ACC(Alternating Current Capacitor))],インバータトランス,三相切替器および補助電源回路も含めて一体箱に収納し,主回路・補助電源回路全体を小形化した。三相切替器によるSIVの群切換え機能を備えており,稼働群のSIVが故障しても待機群のSIVにより三相440 Vの供給を継続可能である。ただし,故障の可能性が低いインバータトランス以降の機器は,2群分で共有化する構成とした。
パワーユニットは,共振電流対策としてVVVFインバータとSIVを直結させる構造とする必要があること,群ごとに独立させることで冗長性を確保できることから,VVVFインバータとSIVを一つのパワーユニット上にまとめて直結する一体型とした。
また,主スイッチング素子にSiC(Silicon Carbide)から成るMOSFET(Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor)を搭載したフルSiCモジュールを採用することで素子の温度上限がIGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)と比べて高くなったことから,冷却器を小さくでき,パワーユニットの小型化が実現した。
主スイッチング素子の冷却方式には,純水を冷媒としたヒートパイプによる自然空冷方式を採用しており,保守性の向上と無公害化を図っている。
なお,電力変換装置は無接点制御装置を備えており,ハイブリッドシステム統括制御を担う。
電力変換装置は1台で2群分であり,編成でMzc車に1台搭載される5) 。
主回路蓄電池箱の外観を図7に示す。主回路蓄電池箱は,1群当たり2並列構成,容量は120 kWhであり,公称電圧は666 Vである。主回路蓄電池モジュール(リチウムイオン二次電池),冷却ファン,統括バッテリーコントローラ,バッテリーコントローラ,電源装置,電磁接触器[BCK(a),BCK(b)],サービスコネクタ,消火剤,ヒューズを収納し,車両の状態に応じて充電および放電を行う。
主回路蓄電池箱は1台で1群分であり,編成でMzc車に2台搭載する5)。
ハイブリッド車両は,力行により主回路蓄電池に蓄えた電力を放電し,回生により主回路蓄電池を充電する。つまり,力行時は蓄電エネルギーを運動エネルギーに変換し,回生時は運動エネルギーを蓄電エネルギーに変換する。運動エネルギーの不足分および補機分を燃料電池による発電で補う制御を基本としている。
この充放電で増減するSOC(State of Charge:蓄電状態)を指標として,補機類の電力消費や長時間の力行により減少する蓄電エネルギーを,燃料電池による発電で補充するエネルギー管理制御を採用している5)。
FV-E991系の燃料電池動作モードでは,ディーゼルハイブリッド車両を基本とする。しかし,ディーゼルハイブリッド車両のエンジン出力331 kW/両に対し,燃料電池出力は最大120 kW/両に限られる。通常の加速(力行)〜減速(回生)〜停車のサイクルで,SIVの消費分とSOCの減少分を補うため,力行時は燃料電池の発電電力を優先的に使用する。これにより,主回路蓄電池は放電時における責務を最小化し,充電時は回生電力を主要な電力供給源としつつ,不足分を燃料電池による発電で補足する。また,回生時は,SIV消費分は燃料電池で負担し,回生電力はすべて主回路蓄電池に回収し,次回の力行に備える5)。
燃料電池の発電電力を優先的に使用することで,主回路蓄電池は放電時における責務を最小化し,充電時には回生電力を主要な電力供給源としつつ不足分を燃料電池による発電で補足する構成とすることで,燃料電池ハイブリッドシステムを実現した5)。
図9|ハイブリッドシステムの動作概要力行時は蓄電エネルギーを運動エネルギーに変換し,回生時は運動エネルギーを蓄電エネルギーに変換する。運動エネルギーの不足分および補機分を燃料電池による発電で補う制御を基本としている。
FV-E991系は,2022年3月より東日本旅客鉄道南武線(川崎〜登戸間),南武支線(尻手〜浜川崎間),鶴見線(鶴見〜扇町間)にて現車を用いた走行試験を実施している。今後は,走行試験を重ねて車両システムとしての完成度を高めていく。
本稿で述べたFV-E991系用主回路システムの開発においては,東日本旅客鉄道株式会社,トヨタ自動車株式会社,ならびに株式会社総合車両製作所ほか多くの方々にご協力いただいた。深く感謝の意を表する次第である。