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デジタル化を支える半導体の安定供給は,今や世界的な社会課題となりつつある。超音波映像装置は,半導体や電子部品などのデバイス内部を映像化して非破壊検査する装置であり,日立はその非破壊検査技術を通じてこれらの社会課題の解決に貢献している。

近年,半導体の小型化,チップの多層化,高密度実装が進み,検査装置に求められる性能も高度化している。本稿では,2022年にFineSATシリーズの最上位機種としてリリースされたFineSAT7の開発技術について紹介する。FineSAT7の開発では,先端デバイスの非破壊検査に求められる機能を拡充することをめざした。

目次

執筆者紹介

小林 昌幸Kobayashi Masayuki

  • 株式会社日立パワーソリューションズ パワー・産業ソリューション本部 産業ソリューション部 デバイスソリューションセンタ 所属
  • 現在,超音波映像装置の設計・開発に従事

村井 正勝Murai Masakatsu

  • 株式会社日立パワーソリューションズ パワー・産業ソリューション本部 産業ソリューション部 デバイスソリューションセンタ 所属
  • 現在,超音波映像装置の設計・開発に従事

北見 薫Kitami Kaoru

  • 株式会社日立パワーソリューションズ パワー・産業ソリューション本部 産業ソリューション部 デバイスソリューションセンタ 所属
  • 現在,超音波映像装置の設計・開発に従事
  • 日本非破壊検査協会会員

西元 琢真Nishimoto Takuma

  • 日立製作所 研究開発グループ 生産・モノづくりイノベーションセンタ 回路システム研究部 所属
  • 現在,医用分析装置および半導体検査装置の研究・開発に従事
  • IEEE会員,応用数理学会会員

酒井 薫Sakai Kaoru

  • 日立製作所 研究開発グループ コネクティブオートメーションイノベーションセンタ AI制御研究部 所属
  • 現在,半導体検査装置向け画像処理・信号処理技術の研究・開発に従事

1. はじめに

半導体は,社会のデジタル化を支える基幹製品であるだけでなく,経済安全保障の観点から重要な戦略物資でもある。デジタル化の拡大で長期的な需要も見込まれており,信頼性が担保された半導体の安定供給は,世界的な社会課題ともいえる。

SAT(Scanning Acoustic Tomograph:超音波映像装置)は,半導体や電子部品などのデバイス内部を映像化して非破壊検査する装置である。日立は,高精細映像を特徴とするFineSATシリーズをはじめ,さまざまなユーザーニーズに対応したSAT製品群を提供している。

半導体分野において,日立のSATは主にパッケージング工程の故障解析やスクリーニング用途で利用されており,その非破壊検査技術を通じて半導体の信頼性担保,安定供給を支えている。近年,半導体の小型化,チップの多層化,高密度実装が進む中で,SATに求められる欠陥検出の技術的な難易度は年々高まっている。また,製造現場の省人化が進み,検査工程の自動化や,作業効率向上を求める声も多く寄せられている。日立は,こうした顧客課題の解決のため,これまでにさまざまなユーザー支援機能を提供してきた1),2),3)

本稿では,2022年にFineSATシリーズの最上位機種としてリリースされたFineSAT7の開発技術について紹介する。FineSAT7の開発では,日立が得意としてきた高画質化技術を進化させただけではなく,ユーザーの生産性・作業効率の向上に有用な機能も拡充させた。

2. FineSATの概略

図1|超音波映像装置FineSAT7図1|超音波映像装置FineSAT7注:略語説明 AD(Analogue-to-digital) FineSAT7の筐体とPCおよびディスプレイの外観写真(左),信号の送受信を示すブロック図(右)を示す。

FineSATの映像化原理を説明する(図1参照)。被検体は,超音波の媒体となる水で満たされた水槽内に設置され,その上方に超音波プローブ(以下,「プローブ」と記す。)が配置される。プローブは,送信器が発信した電気パルス信号を超音波に変換し,ビーム状に成形して被検体に向かって照射する。プローブはまた,受信した超音波の反射波,または透過波を電気信号に変換する。

AD(Analogue-to-digital)変換ボードは,AD変換器とFPGA (Field Programmable Gate Array)を内蔵しており,それぞれがアナログ電気信号からデジタル信号に変換する処理と,フィルタ処理などのデジタル信号処理を実行する。プローブで発生した電気信号は,AD変換ボードで,デジタル信号(以下,「波形データ」と記す。)に変換された後にPCに転送され,映像化に必要なソフトウェア処理が実行される。SATは,プローブをスキャナと連動して二次元的に走査し,波形データの取得と信号処理を繰り返して二次元画像を取得する。

3. 高画質化技術を進化させる新型AD変換ボード

図2|旧型装置とFineSAT7の画像比較図2|旧型装置とFineSAT7の画像比較貼り合わせウェーハ内部のボイドを映像化した画像を示す。それぞれの画像の左側部分に明るい大きなボイドが,その右側部分に複数の小さなボイドが存在する。FineSAT7では,より小さなボイドが確認できる。

微細な欠陥から生じる微弱な信号を抽出するには,波形データの信号分解能向上が有効である。ここで信号分解能とは,AD変換ボードに入力された電気信号の値をどこまで細かく認識できるかを表す能力である。例えば,-250 mVから+250 mVの範囲の超音波の電気信号を波形データに変換する場合,8 bitの信号分解能を持つAD変換ボードを用いると,500 / 28 ≃ 1.95 mVの違いが認識できる。

信号分解能を高めると,FPGAのデジタル信号処理のコストが増大するため,回路規模を維持したまま,所定の処理時間に収める回路設計技術が求められる。そこで日立は,処理対象データを複数のFIFO(First in First out)メモリに一時保存し,プローブ走査と同期した時分割処理により大規模な高分解能演算回路の個数を削減できる回路設計手法を開発した。この手法により,実用的な回路規模を維持したまま,日立の従来機種と比較して16倍にまで信号分解能を向上させた。

信号分解能が向上すると,HDR(High Dynamic Range:広いダイナミックレンジ)の画像データの取得が可能となり,大きな明暗差が生じる被検体に対しても画像全体の細部構造を認識できるようになる。従来,こうした被検体を映像化するとダイナミックレンジが不足して,暗い微小欠陥が黒つぶれする,あるいは明るいパターン部分が白飛びする現象が見られた。HDR画像が持つ細部情報を保持するように適切にデータの圧縮を行うことで,ダイナミックレンジの狭いディスプレイに表示しても明るいパターンが白飛びすることなく,微小欠陥の視認性を向上させることが可能となる(図2参照)。

4. 先端半導体の信頼性評価をサポートする解析ソフトウェア

検査工程の自動化や作業効率の向上には,解析ソフトウェアによる支援が欠かせない。日立はこれまでに,半導体分野での豊富な経験を生かして,画像鮮鋭化3),4)や欠陥自動判定5)などのソフトウェア機能を提供してきた。本章では,特に先端半導体の解析に有用と思われる機能について取り上げる。

4.1 ゲート設定支援機能(波形シミュレータ)

図3|波形シミュレータ画面図3|波形シミュレータ画面波形シミュレータのGUI(Graphical User Interface)画面を示す。積層構造の被検体の予測波形データを白いラインで表示している。色付きのラインは,1層目のチップから生じたエコーのハイライト表示である。

ゲート設定は,ユーザーが波形データに対して任意の時間ウィンドウ (ゲート)をGUI (Graphical User Interface)上で設定するプロセスである3)。SATは,ゲート範囲内のエコー強度に基づき,被検体内部を映像化するため,ユーザーは,着目する界面から発生したエコーが含まれるようにその範囲を設定する必要がある。

先端半導体に見られる多層チップから取得した波形データには,各層からの直接反射エコーと,多重反射エコーが多数現れる。このような複雑なパターンの波形データのゲート設定には,通常は熟練を要する。

一方,エコーが出現する時間範囲は,音速と層の厚さから超音波の遅延時間として予測できる。また,SATの観測波形データは,あらゆる経路の超音波の重ね合わせの結果と見なすことができる。そこで,計算機上で超音波の伝搬経路を追跡して,観測波形データを予測するシミュレータを開発した。このシミュレータは,超音波の遅延だけでなく,反射・透過による振幅の変化,位相反転,多重反射などの物理現象を再現する。

ユーザーがGUIから被検体の材質や厚さを含む層構造情報を入力すると,予測波形データが表示される。さらに,ユーザーが着目する層を選択すると,該当するエコーがハイライト表示される(図3参照)。ユーザーは,ハイライト表示されたエコーを参考にゲートの時間範囲を決定する。

4.2 ノイズキャンセリング機能 (波形アベレージング)

図4|波形アベレージングによるノイズ除去図4|波形アベレージングによるノイズ除去貼り合わせウェーハ内部の5 μmの人工欠陥を映像化した画像を示す。各画像の中央部分に欠陥を確認できるが,波形アベレージングを有効にすると,ノイズレベルが低減して欠陥の視認性が向上する。

AD変換ボードからPCに転送される波形データには,電気的なランダムノイズが重畳しており,これが微小欠陥の検出の妨げになることがある。特に先端半導体の検査では,超音波ビーム径を下回るサイズの欠陥の検出が求められることもあり,こうした欠陥から得られる信号強度は,ノイズレベルと同等程度に低くなることもある。

ランダムノイズの低減手段の一つに,着目信号を含む波形データを複数回積算して平均化するアベレージング手法がある。一方,この手法では積算に必要なデータの取得完了までスキャナを静止させておく必要があり,通常動作より多くの時間を要する。

そこで,スキャナ走査を静止させることなくアベレージングを完了させる,信号処理アルゴリズムを新規に考案した(特許第7201864号)。新手法では,処理対象測定点と,隣接測定点の波形データを積算して平均化する。波形データには,外れ値を含むものや,時間方向に位置ずれのあるものも含まれるため,波形データのパターン解析により,データの選別や,位置ずれ補正を行う。これらの前処理により,欠陥などの被検体に由来する信号を保持しながら,ランダムノイズのみを低減する。

SATで数マイクロメートルオーダーの欠陥を映像化する場合,ノイズの影響で視認性が損なわれることがある。開発機能を用いると,欠陥の信号を損なうことなく,周囲のノイズレベルが低減できるため,より高い視認性やコントラストが得られる(図4参照)。

5. 300 mmウェーハの透過法一括検査を可能にする大型水槽

近年,多層チップの検査用途で,透過法のニーズが高まっている。透過法では,受信用と送信用の2式のプローブを同期して走査させるため,アーム状の部品を用いる。そのアーム部分と他の部品との空間的な干渉により,反射法と比べてスキャナの可動域に制約が生じる。この制約により旧型装置では,口径サイズ300 mmのウェーハの全面画像を取得するには,手動でウェーハ設置位置を変えて2度プローブを走査させる必要があった。

FineSAT7の開発では,被検体周りの機器レイアウトを見直し,旧型装置と同じフットプリントのまま水槽サイズを大型化した。スキャナ可動域が拡大し,300 mmウェーハの一括透過法検査が可能となった[図5(左)参照]。また,JEDEC(Joint Electron Device Engineering Council)規格のトレイ使用時に,被検体裏面へのアドレスエリアの設定が可能となった。被検体裏面に付着した気泡の除去のための治具挿入が容易となり,作業性が向上した[同図(右)参照]。

図5|FineSAT7の大型水槽図5|FineSAT7の大型水槽口径300 mmのウェーハ(左),JEDEC(Joint Electron Device Engineering Council)規格トレイを設置した状態のFineSAT7の水槽の外観(右)を示す。

6. おわりに

FineSAT7の開発では,先端デバイスの非破壊検査に求められる機能を拡充することをめざした。新型AD変換ボードを採用し,日立が得意としてきた高画質化技術を進化させるとともに,ソフトウェア,ハードウェア双方の側面から,ユーザーの作業効率・生産性を向上させた。これらの開発技術が評価され,FineSAT7は,日刊工業新聞社が主催する2022年第65回十大新製品賞 本賞を受賞することができた6)。日立は,今後もユーザーにとって有益な機能の開発を継続し,社会課題の解決に貢献していく。

参考文献など

1)
山本弘,外:実装プロセス開発を加速する超音波映像装置,日立評論,91,5,468〜471(2009. 5)
2)
北見薫,外:微小欠陥を映像化して半導体・電子部品の高信頼化を支える,日立評論,98,5,368〜371(2016. 5)
3)
大野茂,外:安全・安心なエレクトロニクス製品を支える非破壊検査用超音波映像装置,日立評論,100,6,672〜676(2018.11)
4)
K. Sakai et al.: Image improvement using image processing for scanning acoustic tomograph images, 2015 IEEE 22nd International Symposium on the Physical and Failure Analysis of Integrated Circuits(IPFA), pp. 163-166(2015).
5)
K. Sakai et al.: Defect detection method using statistical image processing of scanning acoustic tomography, 2016 IEEE 23rd International Symposium on the Physical and Failure Analysis of Integrated Circuits(IPFA), pp. 293-296(2016).
6)
日立ニュースリリース,電子デバイスの非破壊検査を可能とする超音波映像装置「FineSAT7」が第65回「十大新製品賞 本賞」を受賞(2023.1)
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