シリーズ「水素・アンモニアサプライチェーン構築に向けたグリーンソリューション」(1)
水素とアンモニアはCO2を排出せずに効率的にエネルギーを生成できることから,近年,地球温暖化対策に有効なエネルギーとして注目が高まっており,水素・アンモニア製造から利活用に至るまでのサプライチェーンを通じたCO2排出量削減のスキーム構築が求められている。
本シリーズでは,日立の水素・アンモニアサプライチェーン構築に向けたグリーンソリューションに焦点を当て,地球環境の保全に向けた取り組みと今後の方向性を紹介する。
シリーズの第1回となる本稿では,エネルギーサプライチェーンの各所で用いられる遠心圧縮機について概説する。
再生可能エネルギーの利用やCO2排出量の削減が求められる中,カーボンニュートラル社会の実現に向けた国際的な取り組みが進んでおり,グリーン水素やグリーンアンモニア,CCS(Carbon Capture and Storage),SAF(Sustainable Aviation Fuel)などの各種プラントを含むカーボンニュートラル分野の新しいエネルギーサプライチェーンが構築されつつある。
株式会社日立インダストリアルプロダクツは遠心圧縮機メーカーとして,これまでにも石油精製,石油化学,肥料などの各種プラント向けに,高効率で信頼性の高い遠心圧縮機を提供してきており,立ち上がりつつあるカーボンニュートラル分野向け遠心圧縮機の提供にも注力している。
本稿では,カーボンニュートラル社会の実現に向けたエネルギーサプライチェーンの転換と,各種プラントで用いられる遠心圧縮機の用途と役割について述べる。
カーボンニュートラル(以下,「CN」と記す。)社会の実現に向けて,2015年に開催された国連気候変動枠組条約のCOP(Conference of the Parties)21で京都議定書の後継となるパリ協定が採択され,さらに2023年11月〜12月に開催されたCOP28では,パリ協定の目標達成状況を評価するグローバル・ストックテイクにより,2030年までに再生可能エネルギー容量3倍化,エネルギー効率2倍化,化石燃料からの脱却の加速が必要とされた1)。
また,COP28では,水素サプライチェーンにおける温室効果ガス排出量の評価方法を定めた「ISO/TS 19870:2023」が発表された2)。
国内では,2014〜2019年にかけて,戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」においてさまざまな課題に対する研究開発が行われた3)。2020年には「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を策定し,再生可能エネルギーの導入と,省エネルギー化を推進している4)。
海外では,EU(European Union)での欧州グリーンディールによる規制強化や,米国での電力部門のカーボンフリー化推進などの政策や法整備が進められている5)。
石油や石炭,天然ガスなど,化石燃料を中心とした従来のエネルギーサプライチェーンに対して,CN実現のため,再生可能エネルギーで生産した水素やアンモニア,あるいはバイオマスを利用する新しいエネルギーサプライチェーンが提案され,その実用化や普及に向けた取り組みが進められている。
エネルギーとしての水素・アンモニアの普及には,安全かつ効率的に海上輸送できることが重要である。アンモニアについては液化アンモニアとしての輸送形態が確立しているが,水素はガス状態のままでは容積が大きく海上輸送には適さない。このため,水素ガスの容積を減少させ,安全かつ大量に海上輸送するための水素キャリアとして,液化水素,有機ハイドライド,アンモニアなどの利用が検討されている6)(図1参照)。
図1|水素・アンモニアのサプライチェーン模式図 液化水素やMCH,アンモニアを水素キャリアとして海上輸送することが提唱されている。アンモニアは燃料として直接利用も可能である。このサプライチェーン各所で遠心圧縮機が利用される。
水素は天然ガスやナフサといった化石燃料由来の原料を水蒸気改質することで,またアンモニアは水素と窒素の混合ガスからハーバー・ボッシュ法で製造しているが,この水蒸気改質の過程でCO2が発生する。発生したCO2を回収し,地中に貯留・隔離するCCSによりCO2フリー化した水素・アンモニアをブルー水素,ブルーアンモニアと呼ぶ。
これに対して,再生可能エネルギー由来の電力を用いて水を電気分解することで,CO2フリーの水素を製造できる。このCO2フリーの水素をグリーン水素と称し,またグリーン水素を原料として合成したアンモニアをグリーンアンモニアと呼ぶ(図2参照)。
図2|アンモニアプラントの概略構成と遠心圧縮機の用途 グレーアンモニアとは,化石燃料を原料としたアンモニア(CCSなし)を示す。ブルーアンモニアとは,化石燃料を原料としたCO2フリーのアンモニア(CCSを併用することでCO2フリーを実現)を示す。グリーンアンモニアとは,再生可能エネルギー由来の電力で水と空気から製造されるCO2フリーのアンモニアを示す。
大型回転機械である遠心圧縮機はエネルギーサプライチェーンの要所で用いられ,化石燃料を原料やエネルギー源とした従来の石油精製,石油化学,肥料などの各種プラントにおいて,プラントの心臓部としての役割を担ってきた(図3参照)。
遠心圧縮機の重要性は,CN実現に向けた新しいエネルギーサプライチェーンにおいても変わらず,高い信頼性と高効率な流体性能が求められている。以下に,CN分野で用いられる遠心圧縮機の仕様や特徴,従来プロセス用の遠心圧縮機との相違点を述べる。
図3|CO2圧縮機外観尿素プラントで用いられるCO2圧縮機の外観を示す。手前から低圧圧縮機,増速機,高圧圧縮機を台板上に配置している。CCS用でも同様の構成となるが,注入圧力が高い場合は高圧圧縮機の下流にもう1台圧縮機を配置する。
CCSはエネルギーサプライチェーンの上流側では,水素やアンモニアの製造過程で発生するCO2を分離・回収し,地下の帯水層や油層に圧入,貯留・隔離することで,流通するエネルギーのCO2フリー化を実現する。また下流側では,発電プラントをはじめとする各種産業の生産拠点で発生したCO2を回収して地下に貯留することにより,産業活動におけるCO2排出量削減に寄与する。
CCS設備において,遠心圧縮機はCO2ガスを圧入に必要な圧力に昇圧するために用いられるが,必要圧力は圧入井の深度に依存する。日立インダストリアルプロダクツでは吐出圧力約23 MPaGのCCS用CO2圧縮機の製作実績を有する。
従来,CO2圧縮機は広く尿素製造プラントで用いられてきた。一方CCS用途では,可燃性ガスや腐食性ガスを含む各種プラントの排ガスを取り扱うため,一部で尿素製造プラント用CO2圧縮機とは異なる対応が必要となるが,Oil & Gas分野の各種圧縮機で実績のある技術で対応可能である。
グリーンアンモニアプラントでのアンモニア合成にはハーバー・ボッシュ法が用いられており,従来のアンモニア製造方法から基本的な製造プロセスは変わらない。一方,風力,太陽光などの自然エネルギーは天候状況や昼夜の別により供給電力量が一定ではなく,原料水素の生産量および圧縮機駆動用の電力供給量が影響を受けるため,水素ホルダーや蓄電池により変動を吸収する。また,合成プラント設備の温度維持のため,夜間や天候不順による発生電力量の低下に対して,プラント負荷を10%程度まで下げるターンダウン運転を行う。
以下に,グリーンアンモニアプラントで使用される各種圧縮機について,その特徴を述べる。
水素を発生させる電気分解にはAEL(Alkaline Electrolysis:アルカリ水電解),PEM(Proton Exchange Membrane:プロトン交換膜)のほか複数の方式が存在し,普及しているAELの発生水素圧力はほぼ大気圧である。分子量の小さい水素を下流の合成ガス圧縮機の吸込圧力(通常2〜3 MPaG)まで昇圧するには,一般に往復動圧縮機が適しているが,大容量化への対応やメンテナンス性を考慮すると,遠心圧縮機で昇圧できることが望ましい。
遠心圧縮機としては,高いヘッドを得るために羽根車の高周速化や多段化が必須であり,流体性能,構造設計,ロータダイナミクスなどに高度な技術が必要となる。
従来のアンモニアプラントでは,プロセス空気圧縮機により大気を昇圧し,水蒸気改質装置に供給することで,アンモニア合成に必要な合成ガス(水素+窒素)を得ていた。一方,グリーンアンモニアプラントでは,大気から空気分離装置により抽出した窒素を,合成ガス圧縮機の吸込圧力レベルまで昇圧させるために窒素圧縮機を用いる。
合成ガス圧縮機は,水素と窒素を3対1の割合で混合した合成ガスを昇圧し,反応塔を含むアンモニア合成ループに供給するメークアップ圧縮機と,アンモニア合成ループ内のガス循環に用いられるリサイクル圧縮機で構成される。
アンモニア合成圧力は通常150 barA以上の高圧であり,メークアップ圧縮機は大きな圧力比を有する。一方,リサイクル圧縮機は,合成ループ内の圧力損失分を昇圧すればよく,圧力比は小さいが,メークアップ圧縮機よりも4〜5倍大きな取り扱い流量を持つ。
合成ガス圧縮機は従来のアンモニアプラントでも最重要機器として存在しており,その設計には高い技術力とノウハウが必要とされたが,グリーンアンモニアプラントでは,夜間ターンダウン運転時の低消費動力化など新しいニーズへの対応も求められている(図4参照)。
アンモニア合成ループ内に平衡状態で存在する窒素,水素,アンモニアの混合ガスを冷却することで,アンモニア成分を液化,抽出する。冷却にはアンモニアを冷媒とした冷凍サイクルが用いられ,冷媒の昇圧,循環にアンモニア冷凍圧縮機が使用される。
図4|アンモニア合成ガス圧縮機外観 水蒸気改質によってつくられる合成ガス(水素と窒素の混合ガス)を昇圧する圧縮機の外観を示す。低圧圧縮機(手前側)と高圧圧縮機(奥側)を蒸気タービン(中央)で駆動している(グリーンアンモニアプラントでは,駆動機は電動機となる)。高圧圧縮機にはメークアップ圧縮機に加え,リサイクル圧縮機も内蔵される。
SAFとは100%合成燃料からなるNeat SAFをCAF(Conventional Aviation Fuel:従来型航空燃料)に混合した,持続可能な航空燃料を総称したもので,現在ASTM D7566では8種の製法が認証されている7),8)(表1参照)。
SAF製造プロセスで使用される遠心圧縮機には,高温の水蒸気とアルコールの混合ガスの昇圧など,従来の石油精製,石油化学プラント向けにはない用途のものもあり,圧縮機メーカーにはSAFプロセス特有の取り扱いガス,運転条件への対応が求められている。
表1|ASTM D7566で認定されているNeat SAF合成プロセス 2024年7月現在,ASTM(American Society for Testing and Materials) D7566では,Neat SAF(Sustainable Aviation Fuel)の合成方法としてAnnex 1〜8が認定されている。Neat SAFをCAF(Conventional Aviation Fuel:従来型航空燃料)と混合することで, 半合成ジェット燃料として使用可能となる。Neat SAFはSBC(Synthesis Blending Component), un-Blended SAFとも呼ばれる。
水素キャリアとしてのアンモニアは,水素密度が高く,取り扱いが既に確立しており,IEA(International Energy Agency)の試算では,海上輸送のための水素キャリアとしてアンモニア利用が最も経済性が高いとされている9)。一方,有機ハイドライドの一種のMCH(Methylcyclohexane:メチルシクロヘキサン)は,常温常圧で液体であり,化学的に安定しているという優位性を持つ10)。
MCHは水素生産地でトルエンに水素を反応させて転換し,水素消費地で脱水素,トルエン回収を行う。ガス火力発電所への燃料供給など,大容量の水素ガス昇圧に遠心圧縮機の利用が想定されるが,一方で大規模な設備が必要となり,遠心圧縮機にはさらなる高速化,小型化が求められている。
パリ協定に基づき,世界各国・地域では温室効果ガスの排出量削減に向けた具体的な中長期目標を定め,エネルギーサプライチェーン転換のための技術開発や実証試験が実施されてきた。コマーシャルベースでの普及はこれから立ち上がっていく段階であるが,今後,新しいエネルギーサプライチェーンへの転換が本格的に進むことが期待される。
本稿では,CN社会の実現に向けたエネルギーサプライチェーンの転換と,遠心圧縮機の役割について概説した。今後,再生可能エネルギーの利用が普及するとともに,水素・アンモニアを中心としたエネルギーサプライチェーンのCO2フリー化と,CCSによる産業活動のCO2フリー化は,社会インフラとして急速に普及していくと考えられる。日立インダストリアルプロダクツは信頼性の高い遠心圧縮機の供給を通じて,温室効果ガスの排出削減によるCN社会の実現に貢献していく。