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シリーズ「水素・アンモニアサプライチェーン構築に向けたグリーンソリューション」(2)

民生・産業向け水素サプライチェーンの構築に向けた福島県浪江町における取り組み

ハイライト

利用段階においてCO2を排出しない水素は,効率的なエネルギー利用や再生可能エネルギー貯蔵への活用可能性の観点から,その利用拡大が脱炭素化に大きな役割を果たすと期待されている。

福島県浪江町は,将来の新たなエネルギー源として水素にいち早く着目し,再生可能エネルギーを用いた世界最大級の水素製造施設「福島水素エネルギー研究フィールド」で製造された水素の利活用拡大をめざし,水素に関するさまざまな取り組みを推進している。日立は同町と連携し,民生需要家における水素利用の促進と産業需要家向けの水素利用低コスト化に関する実証事業を2022年度より行っている。

本稿では当該実証事業の概要と,今後の展望について述べる。

目次

執筆者紹介

千木良 純貴Chigira Junki

  • 日立製作所 水・環境ビジネスユニット バリューチェーンTSS事業開発本部 TSSグリーン推進部 所属
    現在,カーボンニュートラルに関わる事業開発に従事

渡邊 浩之Watanabe Hiroyuki

  • 日立製作所 水・環境ビジネスユニット バリューチェーンTSS事業開発本部 TSSグリーン推進部 所属
    現在,カーボンニュートラルに関わる事業開発に従事
    水素エネルギー協会会員

島田 敦史Shimada Atsushi

  • 日立製作所 研究開発グループ サステナビリティ研究統括本部
    グリーンイノベーションセンタ コネクティブドライブシステム研究部 所属
    現在,水素を利用した発電システムの研究開発に従事
    博士(工学)
    電気学会会員,自動車技術会会員

1. はじめに

福島県浪江町は,2011年3月11日に発生した東日本大震災によって甚大な被害を受けた地域の一つである。福島第一原子力発電所の事故の影響で,町内に建設が予定されていた東北電力浪江・小高原子力発電所の計画は白紙撤回され,同町は原子力に依存しないエネルギーの構造転換を迫られた。

また福島県は,震災後の2012 年 3 月に改訂された「福島県再生可能エネルギー推進ビジョン(改訂版)」において,2040 年頃を目途に福島県内の一次エネルギー需要量の100%以上に相当するエネルギーを再生可能エネルギーから生み出すという目標を設定するとともに,福島県浜通り地域の産業基盤の創出をめざす原動力として再生可能エネルギーを重要な柱と位置づけ,「福島イノベーション・コースト構想」を推進している。

こうした中,浪江町は水素にいち早く着目し,再生可能エネルギーを用いた世界最大級の水素製造施設「福島水素エネルギー研究フィールド」で製造された水素の利活用拡大をめざして,「なみえ水素タウン構想」を打ち出し,水素という新たなエネルギー源による「復興まちづくり」を推進している。

このような取り組みの中で,浪江町と丸紅株式会社,日立,パナソニック株式会社,みやぎ生活協同組合の五者は,2021年7月に「浪江町の復興まちづくりおよび水素利活用を含めた脱炭素化に向けた連携協力に関する協定」を締結した。同協定は,復興まちづくり構想およびRE100※1)産業団地建設への貢献や地域活性化,DX(デジタルトランスフォーメーション)など,浪江町の総合的な復旧・復興の推進をめざすものである。この協定に基づき,日立は,経済産業省の「エネルギー構造高度化・転換理解促進事業」の補助事業として,2022年度より「水素民生・産業利用サプライチェーン構築及び需給調整実証事業」を推進している。

本稿では当該実証事業の概要と,今後の展望について述べる。

※1)
企業が事業活動で消費するエネルギーを100%再生可能エネルギーで調達することを目標とする,国際的イニシアチブ。

2. 実証事業の全体像

図1|水素輸送方法別の適用距離イメージ図1|水素輸送方法別の適用距離イメージ 注:
※)地図画像はGoogle Mapによる。GoogleおよびGoogle Mapは,Google LLCの商標または登録商標である。
水素を「はこぶ」方法は,水素源からユースポイントまでの距離と,運搬する水素量に応じて最適解が異なると考えられるため,各「はこぶ」方法について技術検証と経済性評価が必要である。

水素サプライチェーンの構築・実現にあたっては,水素を「つくる」,「はこぶ」,「つかう」の各フェーズにおける課題の整理・解決が求められる。このうち水素を「はこぶ」フェーズについて,浪江町ではこれまで,(1)トレーラーやカードルといった単位で水素を陸送し,ユースポイントで電熱に変換して利用するモデル,(2)既設の電柱に共架したパイプラインを通してユースポイントに水素を配送するモデルの技術実証を行っている。前者については輸送に専用車両が必要になること,後者についてはユースポイントまで配管を敷設する必要があることから,いずれも輸送コストが高いことが課題として挙げられる。

また,水素を「はこぶ」に方法については,水素源からユースポイントまでの距離と,輸送する水素量に応じて最適解が異なると考えられる(図1参照)。

そこで本実証事業では,水素を「はこぶ」手段として,エネルギー需要が比較的小さい水素源近傍の民生需要に対しては「小型シリンダー方式による水素配送」を,水素源とユースポイントの物理的距離があり,かつエネルギー需要が比較的大きい産業需要に対しては「既存配電網を活用した水素エネルギー由来の電源送電」を,それぞれ検証することとした。加えて,これらの2方式の水素エネルギー配送を統括的に監視・制御するクラウド型EMS(Energy Management System)の構築も行っている(図2参照)。

図2|実証事業の全体像図2|実証事業の全体像 注:略語説明 EMS(Energy Management System),LPG(Liquefied Petroleum Gas),GE(Generator) 将来の水素社会実現に向けた水素を「はこぶ」手法の確立をめざし,三つの軸で実証を行う。

2.1 民生需要家向け「小型シリンダー方式による水素配送」

本実証は,一般家庭などの比較的エネルギー需要の小さい民生需要向けに,小型シリンダー方式による水素配送を行うものである。小型シリンダーはJFEコンテイナー株式会社製のJCラン※2)20-L(内容積2.8 l)を採用している。小型シリンダーは,1本当たりの水素充填容量では水素カードルや水素ボンベに劣るものの,小型かつ軽量で人手による持ち運びが容易である。また,輸送車両への積載および移動において他の積載物との混載が可能であるため,既存の宅送網を活用することで,輸送コストの低減を図ることができる。また,小型シリンダーの配送先である一般家庭などの民生需要家では,設置された純水素型燃料電池に小型シリンダーから取り出した水素を供給して発電を行う(図3参照)。

2023年度の実証事業において,延べ3か月間に渡り,浪江町内の3件の民生需要家を対象に小型シリンダー方式による水素配送を実施した。実証期間中のシリンダーの配送本数は延べ180本,燃料電池の発電量は延べ56 kWhであった。また,本実証の結果を踏まえ,既存エネルギーや従来の水素輸送方式と比較した経済性を定量評価し,小型シリンダー方式による水素配送のオペレーション上の課題の洗い出しと解決策の考察を行った。

2024年度の実証事業においては,シリンダーの配送先を浪江町の北に位置する南相馬市内まで拡大するとともに,小型シリンダーとして新たにJFEコンテイナー製JCラン30-7(内容積6.8 l)を採用し,広域での効率的なシリンダー配送について検証を行う計画である。

図3|「小型シリンダー方式による水素配送」のフロー図3|「小型シリンダー方式による水素配送」のフロー水素を小型のシリンダーに充填し,一般家庭などの民生需要家まで配送する。配送した水素は燃料電池で電気に変換し,需要家が消費する。

※2)
JCランは,JFEコンテイナー株式会社の登録商標である。

2.2 産業需要家向け「既存配電網を活用した水素エネルギー由来の電源送電」

本実証は,水素源から物理的距離が離れており,かつ比較的エネルギー需要の大きい工場などの産業需要向けに,水素そのものを輸送するのではなく,水素により発電した電力を既存の系統配電網を介して届ける仕組みを確立する実証である。具体的には,産業需要家の需要電力データを取得し,その増減に応じて純水素型燃料電池および水素混焼ガスエンジン発電機の出力を調整する、需給バランス制御の検証を行うものである。また,電力の需要側と供給側双方の電力データをリアルタイムに計測・取得し,ブロックチェーンを用いた改ざん不可能な形式で,需要側の消費電力が水素エネルギー由来であることを証明する技術の検証も実施した(図4参照)。

2023年度の実証事業では,延べ3か月間にわたり,浪江町内の3件の産業需要家を対象として,需要電力の増減に応じてリアルタイムに純水素型燃料電池および水素混焼ガスエンジン発電機※3)の出力を調整する需給バランス制御の実証を行った。実証期間中の純水素型燃料電池の発電量は延べ405.3 kWh,水素混焼ガスエンジン発電機の発電量は延べ61.8 kWh,水素消費量は延べ304.9 Nm3であった。また,需要電力が2種の発電設備の合計出力の最大値である16 kWを超過しない範囲においては,90%超の応答精度※4)で同発電設備の出力制御が可能であることを確認した。

2024年度の実証事業においては,電力の供給先である産業需要家を南相馬市まで拡大し,電力供給アセットとして太陽光発電設備と蓄電池を追加する。さらに,太陽光発電の発電予測および産業需要家の電力需要予測に基づき,コストやCO2排出削減量を目的関数として,各種再生可能エネルギーをベストミックスで供給する仕組みの構築・実証を行う計画である。

図4|「既存配電網を活用した水素エネルギー由来の電源送電」のフロー図4|「既存配電網を活用した水素エネルギー由来の電源送電」のフロー産業需要家の需要電力に応じ,燃料電池および水素混焼発電機の出力制御を行う。

※3)
水素とLPG(Liquefied Petroleum Gas)を熱量比で最大50%混合・燃焼し発電する発電機のプロトタイプ。
※4)
需要電力に対する発電設備の出力合計値の比率。

2.3 クラウド型EMS

本実証事業では,前述した2方式の水素エネルギー配送を統括的に監視・制御するクラウド型EMSを構築している。実証を行う各サイトの計測データは,設置された監視用PCからインターネットを介してクラウド上のデータサーバに伝送される。データサーバ上の計測データは,Webブラウザ画面を通じて閲覧することが可能であり,同画面から民生需要家に設置した純水素型燃料電池や,産業需要家向けの発電設備である純水素型燃料電池および水素混焼ガスエンジン発電機の運転操作ができる仕組みとしている(図5参照)。

図5|クラウド型EMSのシステム構成図5|クラウド型EMSのシステム構成 注:略語説明 PLC(Programmable Logic Controller) エネルギーの供給事業者および需要家の双方におけるオペレーションの省人化を見据え,ブラウザ上で発電設備を監視・制御できる仕組みを構築した。

「小型シリンダー方式による水素配送」においては,民生需要家の水素消費量に応じて,水素残量が枯渇する前に小型シリンダーを配送する必要がある。本実証では,シリンダーの充填圧力から演算した配送水素量と,民生需要家に設置した純水素型燃料電池の稼働状況から予測した水素残量に基づいて,次回のシリンダー配送推奨日を通知する仕組みをクラウド型EMS上に構築している。

また,「既存配電線を用いた水素エネルギー由来の電源送電」は,産業需要家の需要電力に応じて同時にかつ同量の水素エネルギー(燃料電池や水素混焼ガスエンジン発電機によって発電された電力)を送電する技術の実証であるが,産業需要家の脱炭素に寄与するためには,産業需要家の消費電力が水素エネルギー由来であることを,改ざんできない形式で証明することが求められる。本実証では,この証明手法としてブロックチェーンを導入している。具体的には,産業需要家の電力消費履歴と各発電設備の発電履歴をブロックチェーンに書き込み,同じ時刻IDを持つ履歴どうしをひも付けることで,水素エネルギーの利用証明を行う。

2024年度の実証事業では,発電アセットとして太陽光発電設備と蓄電池システムを追加するほか,それらのシステムを純水素型燃料電池・水素混焼ガスエンジン発電機と合わせて発電バランシンググループとみなし,同グループ内における調整電源の出力をコントロールすることで,あらかじめ立案した発電計画と発電実績を一致させる制御ロジックをクラウド型EMS上に構築する計画である。

3. おわりに

本稿では,水素タウンとして東日本大震災からの復興を図る福島県浪江町における,水素サプライチェーン構築に関わる取り組みについて概説した。水素の利活用においては,「つくる」,「はこぶ」,「つかう」といった各フェーズで技術的・制度的課題が山積しているが,今後,カーボンニュートラル社会の実現を担う新たなエネルギー源としての水素は普及していくと考えられる。日立は,デジタル×グリーンなソリューションの開発と提供を通じて,水素が直面する課題解決に取り組み,カーボンニュートラル社会の実現に貢献していく。

謝辞

本稿で述べた「水素民生・産業利用サプライチェーン構築及び需給調整実証事業」の実施にあたっては,浪江町をはじめとする関係各自治体・各社より多くのご支援を頂いた。深く感謝の意を表する次第である。