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鉄道の安全性・信頼性に寄与する最新開発事例

台湾桃園国際空港アクセス線向け変電システムの導入

多様なニーズに対応する海外展開

ハイライト

2017年3月2日,約11年の設計・建設工事期間を経て台湾桃園国際空港アクセス線が開通した。日立は,本プロジェクトで変電システムのシステム設計,機器製造,据え付け工事(送配電ケーブル敷設含む),現地試運転試験,インテグレーション試験を担当した。本稿では,空港線の概要および納入した機器・システムについて紹介する。

目次

執筆者紹介

安河内 大Yasukochi Dai

  • 日立製作所 鉄道ビジネスユニット プロジェクトエンジニアリング本部 第一部 所属
  • 現在,国内および海外プロジェクトの変電システムのエンジニアリングに従事
  • 電気学会会員

古賀 博勝Koga Hirokatsu

  • 日立製作所 鉄道ビジネスユニット プロジェクトエンジニアリング本部 第一部 所属
  • 現在,台湾空港線プロジェクトのプロジェクト取りまとめに従事

高橋 弘隆Takahashi Hirotaka

  • 日立製作所 鉄道ビジネスユニット プロジェクトエンジニアリング本部 第三部 所属
  • 現在,海外鉄道プロジェクトにおける変電システムのエンジニアリングに従事
  • 電気学会会員

鈴木 真聡Suzuki Masato

  • 日立製作所 鉄道ビジネスユニット 車両電気システム設計本部 変電システム設計部 所属
  • 現在,国内プロジェクトの変電システムのエンジニアリングに従事
  • 電気学会会員

1. はじめに

図1|空港線の列車走行風景急勾配の山間部に設置される変電所に回生インバータ装置を導入した。

台湾桃園国際空港アクセス線(Taiwan Taoyuan International Airport Access MRT System:以下,「空港線」と記す。)は,台北駅から台湾桃園国際空港を経由し桃園市中壢区の環北駅までを結ぶ総延長51.6 km,21駅(地上15駅,地下6駅)の空港アクセスMRT(Mass Rapid Transit System)である。空港線の台北駅から桃園国際空港間は,快速車(Express)と普通車(Commuter)の混合運行区間となっており,台北市近郊の交通渋滞緩和につながることが期待されている(図1図2参照)。

本プロジェクトにおいて日立は,変電システム一式の取りまとめを受注し,2006年1月の契約調印から2017年3月の開業まで高品質・高信頼の変電システムを提供することで,契約者である交通部鉄道局(旧:高速鉄路工程局)のみならず,空港線を利用する一般乗客にも満足してもらうことに主眼を置いて取り組んできた。

本稿では,空港線の概要,変電システムの概要,変電システムの主要機器である直流高速度真空遮断器(HSVCB:High Speed Vacuum Circuit Breaker)および本プロジェクトで開発・初適用した軌条漏洩(えい)電流測定装置(SCMS:Stray Current Monitoring System)について述べる。

図2|空港線路線図台北市近郊から桃園国際空港までの利便性が向上した。

2. 空港線の概要

台湾桃園国際空港は,年間4,000万人以上が利用する台湾の空の玄関口である。これまで台北から空港までのアクセスは,高速バスやタクシーの利用が主であった。2007年には台湾高速鉄道(台湾新幹線)が開業したが,乗り継ぎが必要なため利便性に欠けており空港線の開業が望まれていた。

今回の空港線開通により,台北駅から空港までの39.6 kmが約35分(快速車利用)で直結され,台北市内からの空港への利便性が大幅に向上したほか,沿線住民の通勤・通学の足となることで,通勤時間帯の交通渋滞緩和にも役立っている。

また,始発駅の台北駅にはインタウン・チェックイン機能もあり,搭乗予定時刻の3時間前まで,台北駅での搭乗手続きと手荷物の預け入れが可能である。さらには,税関カウンターも併設されており,税金還付制度を利用した旅行者は,台北駅で手続きが可能となっている。

列車は,各駅停車で終点の環北駅まで全線を走る普通車と台北駅−桃園国際空港第2ターミナル間を結ぶ快速車の2タイプがあり,全線でFree Wi-Fi※)が利用できる。

※)
Wi-Fiは,Wi-Fi Allianceの登録商標である。

3. 変電システムの概要

本プロジェクトの入札は,車両基地を除く建設工事とE&M(Electrical and Mechanical)システム(車両基地の建設工事含む)に分けて行われ,建設工事は台湾の業者が,E&Mシステムは日立を含めた日本企業3社によるコンソーシアムが受注した。

その中で日立は,変電システムのシステム設計,機器の製造,据え付け工事(送配電ケーブル敷設含む),現地試運転,インテグレーション試験を担当した。システムを検討するにあたり,各機器は発注者からの現地生産品適用要求もあることから,高信頼性を確保しつつ,納期やコストなどの条件も考慮したうえで最適となるよう,日本国内の製品と台湾メーカーからの調達を組み合わせたシステム構成とした。

3.1 主変電所(BSS)

主変電所(BSS:Bulk Supply Substation)は,台湾電力の161 kV系統から受電し,空港線の路線長が約50 km以上にわたることから3か所設置されている(図3参照)。各BSSでは,ガス絶縁開閉装置(GIS:Gas Insulated Switchgear)(図4参照)を介し,牽(けん)引変電所と駅電気室系統へそれぞれの主変圧器(MTr:Main Transformer)(図5参照)で22 kVへ降圧し送配電を行っている。なお送電用の開閉装置には,環境性を考慮し24 kVキュービクル形真空絶縁スイッチギヤ(C-VIS:Cubicle Type Vacuum Insulated Switchgear)(図6参照)を納入した。各BSSそれぞれに非常用発電機を設置し,災害などで台湾電力からの供給が停止した際,各駅の防災負荷用の非常用電源として電力を供給する役割を担う。

図3|空港線の変電システム系統概要各系統を二重化し,信頼性を向上させた。

図4|161 kVガス絶縁開閉装置3サイトのBSSに設置されたガス絶縁開閉装置(GIS:Gas Insulated Switchgear)の外観を示す。

図5|35/43.75 MVA主変圧器3サイトのBSSに設置された主変圧器の外観を示す。

図6|24 kVキュービクル形真空絶縁スイッチギヤ27サイトに計187面設置されたキュービクル形真空絶縁スイッチギヤ(C-VIS:Cubicle Type Vacuum Insulated Switchgear)の外観を示す。

3.2 牽引変電所(TSS)

図7|直流高速度真空遮断器27サイトに計247面設置された直流高速度真空遮断器(HSVCB:High Speed Vacuum Circuit Breaker)の外観を示す。

牽引変電所(TSS:Traction Power Substation)は,車両基地2か所を含む合計27か所に設置されている。各TSSは22 kVで受電し,C-VIS,位相角の異なる2台の整流器用変圧器を組み合わせ,等価24パルスとし高調波を低減している。この整流装置により直流750 Vへ変換後,IEC61992-1/2に準拠した直流高速度真空遮断器(HSVCB)(図7参照)を用いて第三軌条(3rd Rail)へ送電を行っている。

路線上の長大勾配区間付近のTSS2か所に他励式回生インバータを設置しており,列車で発生した回生電力を22 kV系統へ戻し,回生電力の有効活用を図っている。なお,直流側の故障などによりTSSが停止した際には,直流側に設けたバイパス回路で列車運転が継続可能であり,交流側のケーブル故障やBSSからの電源が停止した場合は,隣接のBSS系統からの電力供給でTSSが稼働できるよう冗長性を持ったシステムとなっている。

3.3 駅電気室系統(SSS)

各駅の照明や空調設備のほか,エレベータ,改札機などのすべての電源を供給している駅電気室(SSS:Service Substation)は,TSSと同様22 kVで受電し,リングメインユニット(RMU:Ring Main Unit)を介し,変圧器にて380 Vへ降圧後,低圧系統の設備へ供給している。SSSの配電は,欧州では一般的なリングメイン配電方式を採用しており,RMU,変圧器,UPS(Uninterruptible Power Supply)などの機器は完全二重化されていることから,万が一BSSからの電源供給停止や機器トラブルが起きたときにも,健全な系統側に切り替えて電源供給を継続できるよう冗長性を持った構成となっており,一般乗客が快適に駅を利用できるよう配慮されている。

4. 直流高速度真空遮断器(HSVCB)

鉄道システムにおいて,安定した電力供給は列車走行に必要不可欠である。直流鉄道用変電設備の主要機器であるHSVCBは,事故による過電流を瞬時に検出し,ほかの機器などへの波及事故を防止し,早期に電力供給の復旧を実現するといった重要な役割を持つ。

従来の直流高速度気中遮断器(HSCB:High Speed Circuit Breaker)は,負荷電流の開閉や故障電流の遮断に起因する接触子やアークシュートの損耗による保守性のほか,1気中にアークを発生することによる安全性が課題となっている。本路線は高架区間が多く,台湾現地の事情から台風の季節には線路内へのさまざまな飛来物による直流短絡事故などのリスクが非常に多くあり,頻繁に事故電流遮断する可能性がある。そのため,HSCBと比較して保守性・安全性の高いHSVCBを設置することに大きなメリットがあり,空港線への適用を実施した。

4.1 仕様

表1|HSVCB仕様諸元HSVCBの主な仕様を示す。

本路線に納入したHSVCBの仕様概要を表1に示す。本路線に納入したHSVCBは国際規格であるIEC61992-1/2を適用している。

4.2 保護・制御方法

図8|HSVCB Load measuring機能HSVCBのLoad measuring機能の概念を示す。

図9|高抵抗地絡保護の概要地絡保護64D方式を示す。

日本では一般的に,き電回路に故障が発生した場合に備え,HSCB本体の過電流目盛りの整定値を超えた場合に遮断する自動遮断機能,過電流目盛りで保護できない領域を包含するΔI形故障選択装置(50F)による保護機能,および事故時に並列き電を行っている隣接変電所に対し,速やかに対向するHSCB間を遮断するための連絡遮断装置(85F)を設けている。

一方,本路線の特徴として,TSS間の距離が短いため過電流目盛り検出にて保護ができないことと,3rd Railのインダクタンスが比較的大きいことから,事故時の事故電流の立ち上がりが低く50Fの検出が難しいことから,50Fは設置していない。

今回HSVCBは施主の仕様要求に対応するため,一般的なLoad measuring機能と類似した機能を追加した。車両側の過負荷と短絡事故を切り分けるため,76検出時のdi/dtをHSVCBの制御装置(SOTD:Static Type Overcurrent Tripping Device)で演算して判別する。1.5×106 A/s未満であれば過負荷と判断し,76Lとしトリップ後,30秒後に再投入を行い,1.5×106 A/s以上であれば76Hとし短絡故障と判断しトリップ後鎖錠とした(図8参照)。

また,HSVCBには選択特性が具備されており,選択率が100%の場合は設定した自動遮断電流値で遮断動作に至るが,設定した選択率に応じて,検出電流のdi/dtに応じた短時間での遮断動作が可能になる。最近の機械保持式のHSCBの場合,選択特性のないHSCBが主流となってきたが,HSVCBは運用に合わせて簡易に設定することが可能となり,顧客運用に合わせた選択が可能となっている。

また,上述のとおり本路線は高抵抗地絡事故のリスクも考えられるため,日本のモノレールの直流地絡保護を応用し,64Pと並列に低抵抗を配置した電流動作型の64D方式を適用した(図9参照)。

これにより高抵抗地絡の保護検出がしやすくなり,また低抵抗を介してシステム接地と接続しているためレール電位が低く固定されTouch voltageの低減も併せて図っている。

5. 軌条漏洩電流測定装置(SCMS)の開発

図10|SCMS監視モニター画面例監視モニターで,各電位分布を短期・中期・長期で分析が可能である。

レールからの漏洩電流は,大地を通りTSS付近で再びレールに流入するが,線路に近接して水道管やガス管などの地中埋設金属体があると,大地より抵抗が低いこれらの金属体を通り,電食を発生させる。

空港線では,台湾国内のMRTと同様,レール下部の道床内に漏洩電流を回収する金属メッシュ(SCCM:Stray Current Collector Mat)を敷設し,積極的に漏洩電流を回収することで,電食の発生を抑制する対策を実施している。一方で発注者からは,EN規格(EN50122-2)に規定された漏洩電流の常時監視を要求されたことから,漏洩電流による影響を短・中・長期的に計測し,駅ごとにその影響を観測,検証できる軌条漏洩電流測定装置(SCMS)を開発し,空港線への適用を図った。

SCMSは,レール電位,SCCM電位,構造物接地電位を測定するセンサーを全線29か所に設置し,光ネットワークを用いて,車両基地内にある監視モニターに情報を集約,表示する構成とした。

測定されたデータは,監視モニターに付属の記憶媒体に保存され,日報,月報,年報として出力することが可能であり,短期的な検証や経年による漏洩電流の影響を中長期的に評価できる(図10参照)。

本システムの導入により,駅ごとの電食傾向を検証できるほか,外部設備からの影響の有無についても,全線にわたり包括的に評価・検証できる。

6. ケーブル敷設工事

図11|ケーブル敷設工事状況高架軌道上での22 kVケーブル敷設状況を示す。

機器の据え付けに加えて161 kV,22 kVケーブル,直流ケーブルや光ケーブルなどを調達し敷設工事を全線にわたって実施した。

送配電用の22 kVケーブルは,単芯のアルミ導体のアマードケーブルを適用し,軌道沿いに1 m置きに3条を1相ずつ固定し,総ケーブル長が562 kmにわたるケーブル敷設工事を実施した。ケーブル敷設工事の状況を図11に示す。

7. おわりに

台湾の鉄道インフラは,古くは日本統治時代に飛躍的に発展し,現在も台鉄(TRA:Taiwan Railway Administration)としてその形を残すほか,台北市,高雄市のMRTや南港−左営間で運行している台湾新幹線など,近年ますます利便性が向上している。さらに,現在も桃園市や台中市でMRT新線や既存のエリアの延伸などが多数計画されている。

今回紹介した空港線は,それらの計画の中でも海外からの旅行者の交通手段としてのみならず,沿線住民の足として交通渋滞緩和の重要な役割を担っている。HSVCBやSCMSなどを採用した変電設備一式は,その役割を十分に果たせる信頼性を有し,今後も安定稼働を続けていくものと期待している。

長期にわたる本プロジェクトでは,機器の不具合や事故,ケーブルの盗難による工事の中断に伴う影響や,東日本大震災に伴う製造設備の被害にもかかわらず,関係各位の懸命な努力により,開業を迎えることができた。今後も海外,国内を問わず,高品質・高信頼性でかつ環境対応や省メンテナンスといった鉄道事業者のニーズに合った製品開発,変電システムの構築を進め,鉄道システムの信頼性の向上に寄与していく所存である。

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