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日立は,福島第一原子力発電所事故を真摯に受け止め,被災地域および福島第一原子力発電所の復旧・復興に全面的に協力するとともに,原子力の信頼回復に取り組んできた。一方で,昨今の地球温暖化の影響により世界各地で自然災害が深刻化し,脱炭素化に向けたグローバルな取り組みが広がる中では,温室効果ガスを排出しない安定電源である原子力発電との共存が重要な要素となる。
ここでは,福島第一原子力発電所の廃炉に向けたロボット技術開発,初期投資リスクの低減,長期的な安定電源の確保,放射性廃棄物の有害度低減を実現する新型炉の開発状況,そして原子力の技術や知見を次代につなぐナレッジマネジメント活動について紹介する。

目次

執筆者紹介

松浦 正義Matsuura Masayoshi

  • 日立GEニュークリア・エナジー株式会社 経営戦略本部 所属
  • 現在,日立GE全体の研究開発マネジメントおよび将来型BWRの開発に従事
  • 技術士(原子力・放射線部門)
  • 原子力学会会員

1. はじめに

2011年3月に東日本大震災および東京電力ホールディングス株式会社福島第一原子力発電所事故が発生してから,九年が経過しようとしている。日立はこの事故を真摯に受け止め,被災地域および福島第一原子力発電所の復旧・復興に全面的に協力するとともに,原子力の信頼回復に取り組んできた。一方で地球温暖化は人類の生存基盤に関わる重要な問題であり,世界各国で気候変動に伴う自然災害が深刻さを増している。パリ協定を中心としてこの問題に対処する動きが各国で活発化しており,日本では2030年までに温室効果ガスを2013年比で26%,2050年までに80%削減することを目標にしている。この目標を達成するためには,再生可能エネルギーと,安定電源でかつCO2を発生させない原子力発電との共存が重要な要素となる。

こうした状況を踏まえ,日立は原子力の社会的信頼回復において重要な福島復興への対応,安全性の確保を大前提とした稼働率向上の施策をはじめ,デジタル技術の活用により新しい価値を創造する原子力発電の価値向上のための技術開発,シンプルでかつ多様な活用が可能なBWR(Boiling Water Reactor:沸騰水型軽水炉)技術の発展に向けた使用済み燃料の環境負荷低減・経済性向上など,社会ニーズに応える新型炉の開発を進めている。ここでは,福島復興に向けた取り組み,新型炉の開発状況,そしてこれらの原子力技術の維持・発展に必要なナレッジマネジメント活動について紹介する。

2. 福島復興への取り組み

図1|福島復興に向けた遠隔操作ロボットなどの研究開発への取り組み図1|福島復興に向けた遠隔操作ロボットなどの研究開発への取り組みこれまでに,原子炉建屋内のがれき撤去用ロボットや除染装置・線量調査装置,PCV内部調査用の各種ロボットを開発してきた。今後は,燃料デブリ取り出し時の高放射線環境下で対応可能な筋肉ロボットや,遠隔操作技術のさらなる高度化を図っていく。

福島第一原子力発電所の廃止措置に向けた全体的な取り組みは,中長期ロードマップの下で進められている1)。これまでに汚染水対策や使用済み燃料プールからの燃料取り出しなどが最優先で進められ,一定の見通しがついてきた。今後は,燃料デブリ取り出しのような長期にわたる取り組みが求められ,中長期を見据えた対応が必要になる。これまでも廃止措置に向け,作業者が接近して作業を行うことが困難な原子炉建屋,格納容器内などに適用するさまざまな遠隔装置が開発されてきた。

日立では,原子炉建屋内のがれき撤去ロボットや除染装置,線量調査装置,そして燃料デブリ取り出しのための原子炉格納容器内部の調査装置などを開発してきた(図1参照)。今後さらに燃料デブリ取り出し作業を具体化していくには,電子機器など,遠隔装置に搭載する機器の高い放射線環境下での劣化による稼働時間制限の克服や,見通しの悪い場所で周囲の干渉物との接触を防止するための高精度な環境認識および回避動作性の確保,そしてそれらを実現するための高度な遠隔操作技術の開発が必要になる。これらの課題に対し,モータや油圧を使用せず水圧シリンダとバネの組み合わせで構成することにより対象物や周囲に衝突しても破損させない柔構造を実現し,耐放射線性の低いセンサー類を一切使用せず制御を可能にする,「筋肉ロボット」を開発した。さらに,高放射線量下でのリアルタイムな作業ロボットの操作・監視を支援するため,作業ロボット本体からセンサーを分離し,外部に設置した耐放射線性を有するセンサーからの情報を利用して操作・監視する,遠隔操作システムの開発を進めている。これらの遠隔操作技術などを軸に,日立は中長期的視点から必要になる廃炉作業に貢献できる提案を実施していく。ロボット開発状況の詳細については,本号掲載の論文「福島廃炉に向けたロボット技術開発と実機適用」を参照されたい。

3. 新型炉開発

図2|国民,顧客ニーズに応える魅力あるプラント提供図2|国民,顧客ニーズに応える魅力あるプラント提供初期投資リスクの低減,長期的な安定電源の確保,放射性廃棄物の有害度低減を実現する,小型軽水炉BWRX-300,軽水冷却高速炉RBWR,小型液体金属冷却高速炉PRISMの三つの新型炉を開発中である。

脱炭素社会をめざす世界的な流れで再生可能エネルギーへの投資が進んでいるが,電力系統の安定化のため,カーボンフリーでかつ慣性力のある安定電源としての原子力発電への期待は依然として高い。しかしながら,近年の原子力発電所の建設においては,建設期間の度重なる遅延などによって建設費の増加を招き,原子力発電への投資が停滞する要因となっている。

そこで日立では,初期投資リスクの低減,長期的な安定電源の確保,放射性廃棄物有害度低減の実現を原子力ビジョンとして掲げ,これらを実現する新型炉として,小型軽水炉BWRX-300,軽水冷却高速炉RBWR(Resource-renewable BWR),小型液体金属冷却高速炉PRISM(Power Reactor Innovative Small Module)の三つの炉型の開発を進めている(図2参照)。BWRX-300はBWRのシンプルさを生かした徹底的な簡素化による安全性と経済性の両立,RBWRは実績豊富な軽水冷却技術による高速炉の実現,PRISMは革新的技術の採用による高い固有安全性と経済性の両立という特長を持つ。これら三つの炉型について,グローバルな展開を視野にオープンイノベーションを活用した国際共同開発を進めている。

BWRX-300とPRISMは米国のGE Hitachi Nuclear Energy, Ltdとの連携を軸とした日米共同開発で実用化し,北米での初号機または試験炉建設後,国内外への事業展開を狙う。RBWRは日米英協力を軸とした国内外パートナリングによる強固な開発体制の下で推進していく。そして,原子力政策の反映,ユーザー意見の取り込みなど,社会的受容性を高め,クリーンエネルギーへの投資喚起を念頭に技術開発を実施し,三つの炉型を早期に実用化していく予定である。これらの動きの詳細については,本号掲載の論文「日立の原子力ビジョンと新型炉開発」を参照されたい。

4. ナレッジマネジメントの活動状況

福島第一原子力発電所事故以降に停止している既設発電所の再稼働が進まない状況が継続し,プラント建設や予防保全に関する必要な技術の伝承が難しくなりつつある。そして,プラントに関わる豊富な経験を積み,現場を牽(けん)引してきた世代のリタイアが迫る中,知識や技術をどのようにして次の世代につなげるかが重要な課題となっている。

日立GEニュークリア・エナジー株式会社では,この危機感のもと社内改革の一環として,知の体系化と活用レベルの向上を図るためのナレッジマネジメントの活動を展開することとした。知の体系化を推進するため,まずは人財の流動性が高く,知を個人ではなく組織で保持することを当たり前として捉え,2000年頃よりナレッジマネジメントに取り組んできた米国企業のベンチマーキングを実施した。ナレッジマネジメントの手段はさまざまであるが,共通して言えることは,知を企業の戦略的な優先順位と照合して重要な知識資産を特定すること,そしてその知識財産を形成する技術者のプライドを刺激し,その技術がビジネスケースにとって重要なミッションであることをマネージャが示すことが,ナレッジマネジメント活性化のポイントだということである。

さらに,ベンチマーキングを通じて,推進ガバナンスを構築すること,活動ロードマップを定め段階的に推進することがナレッジマネジメント成功の鍵であることを学んだ。そこで活動方針として「人から人へ知識を受け継ぐ」,「人と人をつなげる」,「人と情報をつなげる」を定め,ロードマップを策定した。このロードマップでは,Stage 1で現状把握,Stage 2で戦略構築,Stage 3でトライアル実践,Stage 4で活動範囲拡大(全社展開),そしてStage 5で活動制度化と,ステップ・バイ・ステップの活動推進をめざしている。これらの活動の詳細については,本号掲載の論文「次世代に技術をつなぐ原子力分野でのナレッジマネジメント活動」を参照されたい。

5. おわりに

本稿では,福島第一原子力発電所の廃炉に向けた日立の取り組み,初期投資リスクの低減,長期的な安定電源の確保,放射性廃棄物有害度の低減を実現する新型炉の開発,原子力分野の技術や知見を次代につなぐナレッジマネジメント活動について概観した。

エネルギー事業に携わる企業として,日立は顧客の社会価値・環境価値・経済価値の向上に貢献するとともに,エネルギーの安定供給を支え,持続可能な社会の実現に貢献していく。

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