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ハイライト

日立は顧客と共に解決策をデザインし実装する協創を通じて,Society 5.0の実現をめざしている。また,デザインやデータサイエンスを活用してさまざまな分野の顧客課題に対応するとともに,手法化や人財育成を進めて協創の担い手を広めてきている。一方で各企業は,複雑な社会課題や激しい事業環境変化への対応にあたるとともに次の成長を求めており,従来の延長線上にない価値の創出が経営課題になっている。顧客協創の目的が,業務の効率化といった現場業務課題の解決から,新たな価値による需要創出へ拡大する中,日立の協創というアプローチも進化し適用実績を積み重ねている。

本稿では,デザインとデジタル技術を活用した協創アプローチの進化について,概要を述べる。

目次

執筆者紹介

笠井 嘉Kasai Yoshimi

笠井 嘉

  • 日立製作所 社会イノベーション事業統括本部 Lumada CoE Design Studio 所属
  • 現在,協創の実践と人財育成を担うデザイン組織Design Studioと協創空間Lumada Innovation Hub Tokyoのマネジメントに従事

谷崎 正明Tanizaki Masaaki

谷崎 正明

  • 日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーション協創センタ 所属
  • 現在,同センタのマネジメントならびに社会イノベーション事業の創生に向けた協創活動の実践と方法論の体系化,幅広く日立グループの製品・サービスのデザインに従事
  • 情報処理学会会員

1. はじめに

大規模自然災害や少子高齢化,インフラの老朽化など,現代社会はさまざまな課題に直面している。こうした課題の解決に向けて,日立は多様なステークホルダーとの協創を推進してきた。協創の根底にあるのは,本質的な課題を真摯に捉え,素早い試行錯誤で価値を生み出すデザイン思考であり,日立のインハウスデザイン組織で培ったノウハウを手法化し,全社に担い手を広げる活動を進めてきた。

一方,課題の複雑さが増大し,技術革新のスピードが増していく中においては,協創による課題解決アプローチ自体の進化が不可欠である。本稿では,デザインケイパビリティやデジタル技術を活用した日立の協創アプローチの進化について,概要を述べる。

2. より良い社会の実現に向けた協創の変遷

2.1 協創によるイノベーションの創出

社会課題解決と経済的発展の両立に向けて,日本政府はめざす社会像のコンセプトとしてSociety 5.01)を明確に打ち出した。これはサイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムに支えられたものであり,日立も社会イノベーション事業の創出を通じてこの実現をめざしている。イノベーションを創出し社会に実装するためには,人々に与える経験価値,技術的な実現性,事業性といった幅広い観点での検討が不可欠である。そこで,顧客やパートナーと共に現場課題を抽出したり,課題解決に資する新たなサービスを創出したりするといった協創活動を実践してきた。

協創活動の根底を支えているのは,コンテキストを洞察することで本質的な課題を捉える姿勢や,試行錯誤を重ねることでサービス受容者の経験価値を追求するといった,デザイン思考のマインドセットとスキルである。協創のやり方をNEXPERIENCE2)として手法化するとともに,デザイン思考の教育プログラムと認定制度を運用し,協創を担える人財の社内拡大も推進してきた。デザインのスペシャリストだけではなく,事業企画,営業,システム開発の担当者が,マインドセットとスキルを身に付けてイノベーションの創出をリードするケースが着実に増えている。

またSociety 5.0は,多種多様なデータでデジタルツインをサイバー空間に構築し,AI(Artificial Intelligence)を積極的に活用しながらフィジカル空間を変化させ,その結果をサイバー空間へ再現するといった循環を生み出す社会である。日立はLumada Data Science Lab.3)を2020年に設立し,技術の変化が激しいAI・データアナリティクス分野の最新動向を捉え,研究者やエンジニアのスキルを高めるとともに,社会やビジネスの現場に技術やノウハウを適用している。

2.2 複雑さを増す社会課題への対応

図1|Lumada Innovation Hub Tokyoにおける協創活動図1|Lumada Innovation Hub Tokyoにおける協創活動デザイン,データサイエンス,エンジニアリングなど,各領域のスペシャリストが協創活動を支える。先進事例を共有する交流会,ワークショップによるアイデア創出,プロトタイピングによる迅速な価値検証を,これらの活動に適した空間・設備を備えた「Lumada Innovation Hub Tokyo」で推進している。

日立は,協創活動により,例えば製造現場での生産性向上やオフィスにおけるワークスタイル改革といった,顧客業務の効率化を実現する実績を重ねてきた。加えて近年では,カーボンニュートラル,インフラ強じん化,人口減少対策といった,より複雑な社会課題への対応について相談を受けることが増えてきた。こうした社会課題には,企業,行政,生活者など多様な立場の人々が関係しており,単一の組織だけで解決することは難しい。幅広い関係者を巻き込みながら解くべき課題を絞り,知恵とアイデアを集め,効果を確認しながら施策の合意形成を進めなければならない。多様なパートナーと共に課題に対応する仕掛けとして,日立はLumada Alliance Programを2020年に設立した。また企業,行政,生活者などさまざまな立場の人々が集まり,知恵とアイデアを掛け合わせる協創の場として,2021年4月にLumada Innovation Hub Tokyo4)(以下,「LIHT」と記す。)を設立した(図1参照)。LIHTでは,めざす将来社会像を議論し発信するイベントや,具体的なサービスアイデア創出に向けたワークショップとアイデア検証を実施している。設立2年目の現在,年間約1万人がこの場を活用しており,企業の経営幹部から現場担当者,行政機関,生活者,アカデミアなど幅広い立場の人々と,社会や顧客の課題解決に向けた協創を推進している。

2.3 ビジネス変革に向けた経営課題への対応

図2|ビジネス変革に向けてロードマップを描くアプローチ図2|ビジネス変革に向けてロードマップを描くアプローチ企業経営者は,スピードを増している日々の変化に対応しつつ,中長期的な社会変化に備えなければならない。 「今の姿から実現可能な次のステップを設計するアプローチ」 と「ありたい将来像からバックキャストをするアプローチ」のバランスを取りながら,ロードマップを描く必要がある。

複雑性の高い社会課題がアジェンダとなるに従い,協創活動に企業経営者が参加する機会が増えてきた。そこでは,目まぐるしい外部環境の変化にどう対応するか,きたる社会に向けてどのような価値を提供できるようになるか,めざす姿に向けてどのような進化を重ねるか,といった議論が展開される。ここでは「ありたい将来像からバックキャストをすること」と「今の姿から実現可能な次のステップを設計すること」をバランスよく組み合わせるアプローチが必要になる(図2参照)。

前者のバックキャストについては,人々の価値観や生活が将来どうなっているか,人々がどのような経験価値を求めているかを洞察する。日立は「きざし」という未来洞察の手法を開発し協創に適用してきた。地域活性化の協創プロジェクトや中高生を交えたワークショップなどを重ねることで,価値観や生活様式の変化に関する生の声を蓄積・発信している。経験価値,実現性,事業性の観点で検討する必要があり,経験価値の洞察に長けたビジョンデザイナーやサービスデザイナーに加えて,テクノロジストやビジネスデザイナーも参画する。

後者の実現可能なステップの設計については,具体化に長けたデジタルエンジニアリングの専門性と,ありたい将来像に向けた成長シナリオをデザインする力が必要である。デジタルエンジニアリングについては,GlobalLogicの活動を本特集のCOVER STORY「ACTIVITIES 3 DXスペシャリストの協創による日本市場でのDX推進」で取り上げた。ありたい将来像をどのような技術で実現していくかという検討に,GlobalLogicを含む日立のエンジニアが参画している。技術的な実現性に加え,提供価値や事業性の観点も重要であり,こうした観点を踏まえて経営層と共に成長シナリオを描く協創活動や手法開発を進めている。

3. 本特集で取り上げた協創アプローチの進化

前章では,日立の協創活動で取り組む課題とアプローチの変遷について述べた(図3参照)。本章では,ビジネス変革に向けた経営課題に対応する協創プロセスや手法について,本特集で取り上げているものを中心に紹介する。

図3|拡大する課題に向けた協創アプローチ図3|拡大する課題に向けた協創アプローチ「本質的な課題や提供価値を起点に,経験価値・実現性・事業性のバランスを考慮しながら施策を考える」というアプローチを基本としつつ,対応すべき課題の拡大に合わせて協創の仕方を進化させている。

3.1 ありたい将来像に向けた事業成長シナリオのデザイン

企業は,事業の成長と同時にサステナビリティ実現への対応を求められている。日立はこれまで協創手法NEXPERIENCEを数百案件に適用し,顧客の業務効率化を中心にソリューション開発の実績を積み重ねてきた。一方で,サステナビリティのように社会全体が求めるアジェンダに対応するためには,ありたい将来像を描く技術と,事業を成長させながら将来像に到達するまでの道筋を描く技術が必要になる。

そこで業務効率化にとどまらず,新たな需要創生による事業成長とともに社会が求める将来像を実現するための,事業成長シナリオを描く手法を開発した。社会課題は複雑さを増しており,ありたい将来像を実現するためには多様な企業のパートナリングも不可欠である。本手法は,複数企業間のパートナリングで,経済価値と社会価値を両立していく姿を,ステップバイステップで描くものである。詳しくは,本特集内の論文「顧客と共に一歩先の価値を見いだす事業成長シナリオ」「社会課題へのアプローチを可能にする新たな課題設定手法と実践事例」で紹介する。

3.2 価値観や生活様式の変化を抽出

2020年から世界中に蔓延したCOVID-19は,社会の変化を一気に加速させた。また急速に認知の高まったSDGs(Sustainable Development Goals)は,株主,従業員,生活者といった企業のステークホルダーが重視する事柄に変化をもたらしている。これにより各企業は,従来のビジネスの延長線上では対応が難しい新たな経営課題に直面するようになっている。

これまで日立は,顧客の業務実態や課題,潜在ニーズを抽出するエスノグラフィを実践してきた。幅広い事業領域で実績を重ねたエスノグラフィを応用し,最近では顧客を取り巻く幅広いステークホルダーに視野を広げて,価値観や生活様式の変化を捉える試みを進めている。またコロナ禍で現場観察調査が困難な時期を経験し,リモートでの調査手法も構築してきた。本特集内の論文「生活者理解を通じたデジタルサービスの創生」では,手法と鉄道分野での適用例を述べる。

3.3 協創におけるデジタル技術の活用

データを起点とした科学的な方法論やプロセスに基づき,AIや統計を駆使してビジネス価値を創出し,社会実装するデータサイエンスが,ますます重要になっている。例えば生産性,収益などを継続的に維持・向上するための計画最適化や,新素材の開発にデジタル技術を活用してプロセス自体を変革するマテリアルズインフォマティクス(MI)の実績がある。またデータサイエンスの現場で,解くべき課題を迅速に特定し,データ分析で得られるインサイトをシステム実装にスムーズにつなぐフレームワークを開発した5)。インフラ関連事業,製造業,運輸業など,幅広い分野に適用し,価値提供のスピードを上げる効果を得ている。

ブロックチェーンを活用する協創活動も,実践を重ねている。地域社会での実証実験では,少子高齢化と人口減少により脆弱になりつつある地方自治体において,住民や地域企業が緩やかにつながりながら共助で回す将来社会像をユーザーと共に検証した。

さらに,協創におけるメタバースの活用も増えつつある。メタバースを産業に適用する領域では,仮想空間で現場作業の計画検討を進める取り組みなどがある。また多様な知恵とアイデアを組み合わせるディスカッションを実施する際,参加者どうしが同じ立場で平等に意見交換をする雰囲気の醸成も大事な要素である。協創空間自体をメタバースに構築する取り組みも進めている。

4. おわりに

本稿では,ありたい将来像の実現に向けた,デザインやデジタル技術を活用した協創アプローチの進化について概要を述べた。課題や提供価値を起点とする協創の基本的な考え方やプロセスは踏襲しつつ,取り組む課題の拡大に伴ってアプローチを進化させている。

今後も協創の適用事例を重ねて,生活者,行政機関,企業といった多様なステークホルダーと共に経済発展と社会的課題の解決をめざしていく。また協創手法や知見の更新も進めており,課題先進国である日本で創出したソリューションをグローバルに展開していく。

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