Abstract日立の研究開発研究開発
喫緊の課題である環境問題への対応に加えて,サプライチェーンリスク,労働力不足の深刻化など社会課題が絡み合うポリクライシスが新常態となる中で,企業の果たすべき役割も多様化している。さらには,生成AI(Artificial Intelligence)などのテクノロジーの急速な普及により産業構造の転換が加速している。その中で,日立グループは持続可能な社会の実現をめざし,「社会をより良くしたい」という意志と行動力を源泉として,顧客とともに成長するためのイノベーションによる価値創生に取り組んでいる。2024年度は,「グリーン」,「デジタル」,「イノベーション」による社会イノベーション事業のさらなる進化をめざした中期経営計画の最終年度でありさまざまな成果が生み出されている。
イノベーション創生の根幹を担う研究開発グループでは,社会イノベーション事業の推進に向け,生成AIに代表されるテクノロジーによる価値創生を基盤とした,「顧客体験を革新するイノベーション」と「社会の本質的課題を捉えたイノベーション」の実現とを基本方針に掲げている。生成AIに加えてロボティクス,量子,バイオなどの先端技術やIP(Intellectual Property)のアップデートに取り組むとともに,先端技術の社会実装に向け,エコシステムへの参画を通じたオープンイノベーションも強化している。これらの活動により,社会や顧客の課題に挑戦し,顧客とともに持続可能な成長を実現することをめざしている。ここでは,イノベーション創生に向けた研究開発の取り組みを紹介する。
生成AIを支える技術
急激に進化する生成AIは,イノベーション創生の原動力である。そのインパクトは短期的にも中長期的にも極めて大きく,業務の生産性の飛躍的向上をもたらすとともに,新たな事業機会の創生が期待される。また生成AIは,インフラ・現場のあり方を転換し,オフィス業務に加えて製造現場の業務革新も加速すると考えられる。
本章では,研究開発グループにおける生成AIの取り組みとして,まず,「フロントラインワーカーを支援する日立のメタバース・AI・ロボティクス研究」についてコラムにて紹介する。現場の人財不足が深刻な社会課題となる中で,テクノロジーを統合的に活用した新しい価値創生への取り組みについて述べる。
また,本章では,生成AI活用を支える技術やソリューションなどを紹介する。技術開発の分野では,生成AIを活用したシステム開発,マルチモーダル基盤モデル,特化型LLM(Large Language Model)や分散AIに向けた連合学習などの取り組みを説明する。また,ソフトウェア更新向けソリューションや製造業などに向けたナレッジマネジメントなどソリューションの分野にも焦点を当てている。これらの取り組みを通じて,社会インフラを支えるミッションクリティカルなシステム開発の知見に,生成AIを組み合わせた,日立の価値提供の事例を紹介する 。
一方で,生成AIの拡大とともに半導体,データセンター,電力の不足などの課題も顕在化しており,本号でもさまざまな事例が紹介されている。また,AIの普及に伴って課題となる倫理への配慮については,日立は2021年2月に人間中心のAIの開発と社会実装に向けて「AI倫理原則」を策定しており,生成AIについても利用ガイドラインを作成するなどリスクを適切にマネジメントしながら,その活用を推進している。
顧客体験を革新するイノベーション
社会や環境が変化する中で,顧客の直面する課題や,次の経営課題も変化を続けている。日立は,そうした中で持続可能な成長に向けて,顧客とともに成長シナリオを描き,その実現に向けて,GX(グリーントランスフォーメーション)/DX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組んでいる。研究開発グループは,オープンイノベーション拠点「協創の森」やグローバル各地域の研究拠点などの環境を活用して顧客との議論を重ね,各事業部門と連携しながらIT×OT(Operational Technology)×プロダクトの知識に支えられたソリューションを開発し,顧客に提供するとともに,Lumada成長サイクルの強化を図っている。本章では以下の具体的な取り組みを示す。
デジタルシステム&サービス分野では,顧客の業務や社会インフラのDXに向けた取り組みやデジタルソリューションによる協創事例などを紹介する。具体的には,ハイブリッドクラウドやデータストレージ向け高圧縮技術などのITシステムや, TEE(Trusted Execution Environment)対応秘匿情報処理などのセキュリティ分野での高信頼なシステム・ソリューションについて説明する。また,北米のデータセンターマネジメントも併せて紹介する。デジタルソリューションによる社会課題解決に向けた協創活動についても取り上げており,具体的には,自治体向けの介護予防サービスに資するEBPM(Evidence-based Policy Making)ビジネスプラットフォームなどの取り組みについて述べる。
グリーンエナジー&モビリティ分野では,成長する脱炭素市場への貢献や,顧客のインフラ運用の効率化に向けた取り組みなどを紹介する。具体的には,エネルギー分野では,中規模設備のエネルギー利用最適化やカーボンニュートラルナビゲーターなどのエネルギーマネジメント技術に焦点を当てている。さらに,資源再利用型BWR(Boiling Water Reactor)に向けたサイクルシナリオシミュレータやデジタル技術を活用した再稼働支援などの原子力発電関連技術なども取り上げている。また,鉄道分野では,エネルギー効率向上やコスト削減に向けた交通計画最適化技術のほか,日立社内の車両工場で推進中の製造業DXの取り組みなどを紹介する。
コネクティブインダストリーズ分野では,産業・ヘルスケア分野での成長市場に向けたソリューションや,それを支えるプロダクト関連技術などを紹介する。具体的には,資源循環社会の実現に向けたシミュレータや,電池分野の利活用や再利用に関する技術などニーズが高まっている領域に焦点を当てている。デジタルソリューションについては工場コンフィグレータや倉庫向けの自動化技術などを紹介している。さらに,生成AIの加速により活性化する半導体関連分野では半導体検査・計測装置の高度化などの取り組みを説明する。また,ヘルスケア分野では感染症検査技術を中心に,プロダクト分野ではエレベーターやその運用技術,省エネルギーで優位化をめざす圧縮機やモータ,それらを支えるモノづくり技術などについて述べる。
社会の本質的課題を捉えたイノベーション
将来の本質的な社会課題に向けた取り組みとして,2050年のあるべき社会の姿からバックキャストし,「環境中立社会」,「現役100年社会」,「デジタルと人・社会の共進化」の実現を柱に研究開発を推進している。具体的には,「環境中立社会」では(1)電力・ガス・水素の統合流通,(2)CO2の価値資源転換,「現役100年社会」では(3)粒子線治療の開発,(4)細胞のデザイン・製造・検査の開発,「デジタルと人・社会の共進化」では(5)デジタルオブザーバトリの実現,(6)量子コンピューティングの応用といった,六つのテーマを推進している。本章では,水素製造システム,カーボンニュートラルの実現に向けた合成バイオ技術,デザイン細胞開発プラットフォームの取り組み,デジタルオブザーバトリや量子コンピュータへの取り組みなどを紹介する。
また,将来の社会課題解決に向け,技術開発を進めて社会実装していくためには,エコシステムでの取り組みが必要となる。そのため,アカデミアやスタートアップとの連携を深め,オープンイノベーションを加速させている。その取り組みの事例として,日立東大ラボ,日立京大ラボ,日立北大ラボでの活動内容や,2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博*)で展示予定の「未来都市」についても紹介する。
以上のとおり,本カテゴリでは,プラネタリーバウンダリーと人々のウェルビーイングを尊重し,持続可能な社会の実現をめざす研究開発の取り組みの一部を紹介する。研究開発グループは,今後も技術開発を推進するとともに,社会実装に向けて顧客との協創やオープンイノベーションを加速していく 。