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ハイライト

日立製作所大みか事業所は設立以来,電力や鉄道をはじめとする社会インフラを支える 情報制御システムを提供し,複雑化する社会課題に対応してきた。情報制御システムに は高い信頼性の確保とともに長期にわたって稼働し続けるための保守性や拡張性が求めら れる。そのうえで多種多様なニーズと大量生産並みの生産性を両立させるため,IoTやデー タ分析ノウハウを駆使したマスカスタマイゼーションを追求してきた。
こうした取り組みが評価され,大みか事業所は2020年1月にWEF(世界経済フォーラム) から世界の先進工場Lighthouseに日本企業として初めて選出された。
ここでは,Lighthouse選出にあたり大みか事業所が訴求した代表的な取り組みとともに, 社会インフラ・産業分野のDXを支える情報制御システムの最新事例について概説する。

目次

執筆者紹介

赤坂 悟Akasaka Satoru

  • 日立製作所 サービス&プラットフォームビジネスユニット 制御プラットフォーム統括本部 経営戦略本部 事業企画部 所属
  • 現在,制御プラットフォーム統括本部の事業企画・戦略業務に従事

越智 直子Ochi Naoko

  • 日立製作所 サービス&プラットフォームビジネスユニット 制御プラットフォーム統括本部 経営戦略本部 事業企画部 所属
  • 現在,制御プラットフォーム統括本部の広報・宣伝業務に従事

1. はじめに

日立製作所大みか事業所は1969年の設立以降,発電・送配電システム,鉄道運行管理システム,上下水道設備の運転・維持管理システム,工場や製鉄所の生産システムなど,社会インフラや産業分野向けに情報制御システムを提供している(図1参照)。人々の社会生活を支えるインフラ設備を24時間365日にわたり監視・制御するため,情報制御システムには高い信頼性と性能が求められる。インフラ設備の操業寿命は一般的に長く,長期ライフサイクルにわたりインフラ設備を最適な状態に維持するための機能拡張性や保守性も必要とされる。

日立は,情報制御システムのアーキテクチャとして自律分散システムを提唱してきた。制御に必要な情報をコントローラや制御サーバなどの制御ノードが共有し,共有されたデータを基に個々の制御ノードが自律的に動作するという分散型制御システムである。この制御システムは信頼性および拡張性に優れているという特徴を持つ。近年ではセンシングやネットワーク,ビッグデータ解析技術の進展により,現場の情報をセンシングし,情報を基に課題解決を考え,現場の制御系に対して改善を行い,システム操業を継続的にインテリジェント化していく取り組みが進められている1),2)

情報制御システムは多様な社会インフラ・製造事業者の設備の最適な操業条件に応じて構築されるため,一品一様に生産される。さらに社会コスト低減のために,大量生産並みの生産性を実現しながら製造品質を確保することが至上命題となる。これらの解決策として日立はIoT(Internet of Things)やデータ解析を駆使したマスカスタマイゼーションを追求してきた。これらの取り組みが評価され,2020年1月に大みか事業所はWEF(World Economic Forum:世界経済フォーラム)により第四次産業革命をリードする世界の先進工場Lighthouseに日本企業として初めて選出された3)

本稿では,社会インフラを支える情報制御システムを提供するLighthouse工場としての大みか事業所の取り組みについて概説する。

図1|大みか事業所が提供する情報制御システム 図1|大みか事業所が提供する情報制御システム 発電・送配電システム,鉄道運行管理システム,上下水道設備の運転・維持管理システム,工場や製鉄所の生産システムなど,社会インフラや産業分野向けに情報制御システムを提供している。

2. 世界の先進工場Lighthouse

ダボス会議で知られるWEFが第四次産業革命をリードする先進的な工場をLighthouse(灯台=指針)として選出する取り組みを進めている。世界の製造業の70%以上の企業が先進的な製造技術の導入に向けたパイロットフェーズからの脱却を模索していると言われている中,Lighthouseの取り組みを共有し合い,製造業のDX(デジタルトランスフォーメーション)の底上げを図ることを目的とした取り組みである。Lighthouse工場で構成されるコミュニティはGlobal Lighthouse Networkと呼ばれ,現在(2021年3月)までに世界で69工場が選出されている4)。選出にあたっては,世界の1,000以上の工場を対象に,生産性向上だけでなく,事業の持続可能性,社会・環境インパクト,人財育成・働き方といった幅広い観点で評価される。

3. Lighthouse工場としての取り組み

大みか事業所は情報制御システムの開発,製造,品質保証から保守までの一貫体制を構築し,バリューチェーン全体の最適化を志向している。中でもLighthouse選出時にWEFに訴求した特徴的な取り組みとして,下記の5点が挙げられる(図2参照)。

  1. 高効率生産モデル
    大みか事業所には情報制御システムを構成する制御盤の板金加工や組み立てといった人手作業主体の生産現場や,プリント基板の生産といった自動加工設備主体の生産現場など,多様な生産ラインを有する特徴がある。この多様なラインの高効率化と高品質化の両立を追求するため,生産現場の4M(Human,Machine,Material,Method)データに着目した高効率生産モデルを採用している。4MデータのSense(収集)・Think(分析)・Act(対策)による循環システムを確立し,継続的な改善に取り組んでいる。
  2. 自律分散フレームワーク
    システムの監視制御に必要なリアルタイム性・高度な障害耐性と,保守性・拡張性・信頼性を併せ持つ独自の自律分散アーキテクチャを提案し,フレームワーク化している。各サブシステムが自律的に機能するという特徴を生かし,長期安定稼働が前提となる情報制御システムにおいて,運用を継続しながらのオンライン増設や,システム全体を止めない障害復旧を可能としてきた。これまでに約4,000に及ぶ社会インフラのシステムに適用されている。
  3. 総合システムシミュレーション環境
    顧客へのシステム納入前および運用開始後も大みか事業所内でシステム試験を可能とする総合システムシミュレーション環境を構築している。現地と同じシステム環境をサイバー空間上に構築することで,実稼働環境では実施できないシステム試験を網羅的に実施している。また短時間でのシステム改修が求められる場合には,本環境を活用し,事前に移行リハーサルを実施することでシステム改修の品質を担保している。
  4. サイバー防衛訓練検証設備
    大みか事業所では総合システムシミュレーション環境を応用し,サイバー攻撃に対する訓練・検証施設を構築・運用している。DXの進展に伴い重要社会インフラへのサイバー攻撃のリスクが高まる中,システムの安定稼働を支えるセキュリティ対策として被害の未然防止と最小化が重要となる。そこでシステムの実稼働環境を模擬し,情報制御セキュリティ技術の検証とともに,人財スキルや組織運営の強化のための訓練・検証を実施している。
  5. 環境エネルギーマネジメント
    大みか事業所は省エネルギーで災害に強い環境エネルギーマネジメントに取り組んでいる。エネルギー利用の効率化ではスマートメーターによる電力使用量の可視化や,EMS(Energy Management System)と生産計画の連動によるピークシフトを運用している。また,停電などの非常時に敷地内の太陽光発電システムや蓄電池の自立運転で電力をバックアップし,設計・製造・保守を止めることのない事業継続性を維持している。

図2|Lighthouse工場としての取り組み 図2|Lighthouse工場としての取り組み 五つの特徴的な取り組みをLighthouse選出時に訴求した。情報制御システムの開発,製造,品質保証から保守までの一貫体制を構築し,バリューチェーン全体の最適化を志向している。

4. 社会インフラ・産業分野のDXを支える情報制御システム

社会インフラの安定操業を支える信頼性の高い情報制御システムを長期にわたり提供し続けるためには,変化し続ける社会課題や価値に対応した進化が求められる。

本特集では,Lighthouse工場として培ってきた基盤技術の次世代化に加え,上下水・鉄鋼,エネルギー,鉄道といった,社会インフラ・産業分野のDXを支える情報制御システムの最新事例を後に続く各論文にて紹介する。

4.1 基盤技術の次世代化

操業の合理化や高度化へのニーズに対応するため,AI(Artificial Intelligence)やデータの利活用,エッジコンピューティング,5G(Fifth Generation)を含む汎用通信技術,さらにサイバーセキュリティなどの技術革新を取り込んだ現場のインテリジェント化が進んでいる。

このような中,制御技術に画像AIなど最新のITを取り込んだ「AI×制御」をコンセプトとした自律分散システムアーキテクチャの次世代化を進めている[論文「次世代自律分散アーキテクチャとDXを支える制御エッジコンピュータ」]。また,大みか事業所の高効率生産ノウハウで培った変種変量生産システムによる現場のデジタル化やシームレス連携に向けた取り組み[論文「設計と現場をつなぎ製造DXを実現する高効率生産ソリューション」],さらにニューノーマル時代においても社会インフラの安定操業を実現するために,技術・ナレッジを集約した独自のサポートプラットフォームの開発も進めている[論文「OT×ITの技術を結集した保守サービス基盤による制御システム安定稼働サービス システムライフサイクルのトータルサポートを実現」]

4.2 産業分野の情報制御システム

グローバル化による多様なステークホルダーとの連携機会が増加する中,パンデミックを契機にデジタルコラボレーションへの移行が加速している。国内においても拠点統合によるライフラインの広域連携が進む。

鉄鋼分野では,鉄鋼製品の品質と生産性向上を実現するための分析・解析・診断DXとともに,設備の試運転・保守業務のリモートオペレーション化に取り組んでいる[論文「鉄鋼デジタルソリューションの展開 操業から生産,保守支援まで」]。上下水道分野においては,施設の老朽化とともに人口減少による職員数や料金収入の減少などの社会課題に直面し,運営計画・操業・維持管理の効率化が急務となる中,AIとビッグデータ活用による長期水需要予測やAR(Augmented Reality)技術を活用した現場保守作業の高度化を進めている[論文「上下水道分野のOT高度化に寄与する最新のDXソリューション」]

4.3 エネルギー分野の情報制御システム

カーボンニュートラル社会の実現に向けた機運が高まる中,エネルギー分野においても再生可能エネルギーの大量導入とともに,安定供給と経済合理性の両立を実現する電力システムの構築が求められている。

こうした電力システムの課題解決に向け,スロベニア共和国では国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO:New Energy and Industrial Technology Development Organization)と共同し,蓄電池などの分散エネルギーリソースを活用した系統事故の停電回避や電力品質を確保するエネルギー管理の実証を行っている。初期投資や保守費用を抑えたクラウド型システムを構築し,経済合理性も志向している[論文「再生可能エネルギー大量導入時の課題を解決するグリッドエッジソリューション スロベニア共和国でのシステム実証」]。また,社会課題である人財不足の解決に向け,設備の遠隔監視やAIによる設備老朽化判断,現場作業の知識集約化など,エネルギー分野における高度予防保全への取り組みも進めている[論文「発電事業者のO&M・人財育成を支援するクラウド型DXソリューション」]

4.4 鉄道分野の情報制御システム

鉄道分野においては線区の相互直通運転などによって輸送業務の影響範囲が拡大する中,鉄道サービスの維持向上や高度な運転支援に対する期待が高まっている。

AIによる機械学習を鉄道運行管理システムに取り入れ,ダイヤ乱れに対応し,最適なダイヤを指令員に対して提示する高度な運転支援の開発に取り組んでいる[論文「鉄道運行管理システムへの機械学習適用 ハイブリッド型運行管理AIによるダイヤ乱れ回復」]。また,乗客向けサービスの向上をめざし,鉄道車両内に設置される案内表示器の拡充を進めている。乗車車両の異常発生状況を表示する機能や,広告価値を向上するデザインなどを開発している[論文「高機能型LCD表示器を活用した鉄道車内案内におけるDXの推進」]

5. おわりに

複雑化する社会課題に対応するために社会インフラ・産業分野の変革が進められる中,情報制御システムも長期にわたり安定操業を支えていくための進化が求められる。本特集で紹介する情報制御システムをはじめとする社会インフラ・産業分野のDXを支援するソリューションを提供し,Lighthouse工場としてさらに進化し続けることで,予測できない変化が起こり続けるニューノーマル時代においても,人々の安全・安心と快適・便利を両立する豊かな社会の実現をめざしていく。

参考文献など

1)
2413-2019 - IEEE Standard for an Architectural Framework for the Internet of Things(IoT), IEEE, pp.244-245(2020.3)
2)
入江直彦,外:情報制御システム―共生自律分散で実現するオープンイノベーション―,日立評論,98,3,161〜165(2016.3)
3)
World Economic Forum News Releases, Sustainability at Scale: 18 New Factories of the Future Drive Impact in the Fourth Industrial Revolution(2020.1)
4)
World Economic Forum, Global Lighthouse Network
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